フレンドリスト 「間宮朝佳と38度7分」

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何の気なしにスマホを開いて、朝佳が勤務しているカラオケ店を調べる。店名を打ち終えてからスペースを一つ入れると、検索エンジンの二つ目に“バイト 時給”がサジェストされた。 躊躇いなく、右手親指の腹で選択する。 回線の通信速度が頗る良いこの部屋では、ほぼノーストレスに検索内容にヒットしたページが一覧化されていた。 中でもトップに来ているページに接続すると、アルバイト応援と書かれたサイトに飛ばされた。 どうやら求人サイトらしいと気づいたところで、俺の良く知った風景を収めた写真が視界に飛び込んでくる。紛れもなく朝佳のアルバイト先の正面写真だった。 なるほど、こうして世のアルバイターは、より良い条件の職場を探しているのか、と思う。どうでもいいことを思いながら、目に飛び込んできた情報に言葉を失った。 『時給は千円から』 朝佳の1時間には千円の価値があるのだという。 例えば、このルームウェアを買うために、朝佳は38時間労働しなければならない。 そう、考えると、眩暈が襲い掛かってきた。 知らないということは最も罪深い。朝佳と出逢ってから、俺はもう何度も同じことを思っているくせに一向に改善されたためしがない。 朝佳を見ていると、自分が行ってきた行動があまりにも愚かすぎる行いのように見えてくる。 実際に愚かなのだから仕方がないが、朝佳の生活の前で俺は何度でも自分の最低を叩きつけられている。そのくせに、目を離すことができない。 まるで麻薬のように頭から離れずに、こびり付いてくる。恐ろしい呪いだ。 「春哉」 無意識に俯いていたらしい顔をあげると、朝佳がいた。37,800円を身に纏った朝佳は、俺を呼んでじっとこちらを見つめている。 「似合うな」 その瞳に呟きながら、付加価値や労働と金の等価交換についての思考を切り上げた。
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