フレンドリスト 「間宮朝佳と38度7分」

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「私、帰るから」 「どこに」 帰ると言われているからには、家だとわかっている。そのはずが、少し言い淀んだ朝佳に、眉が寄る。 「家」 「親は? 家に居んのか」 「いない、と思うけど」 「じゃあここに居ればいいだろ」 「もう、本当に話通じなさ過ぎて頭痛い」 「俺のセリフだ」 親はあまり家にいないらしい。俺の詰問から視線を逸らしている朝佳に察する。こいつの家庭環境は問題がありそうだ。 こんなことを、問題の掃き溜めのような俺が思っているのも可笑しい。だが、もっと根本的な問題があるような気がした。 「帰る」 「帰さねえ」 「帰る」 「帰れねえだろ」 「帰れる」 つい数時間前にも言い合ったくせに、俺はまた朝佳と言い合っている。 熱い呼吸を吐きながらも、必死で俺を睨みあげる瞳に歯痒さや執着心や絶望や、その他の形容できない苛立ちが湧き上がってくる。 まるで精神を丸ごと朝佳に奪われてしまっているかのようだ。 今ここに、俺の目の前に存在している、朝佳のこと以外考えられない。 それはどんな呪いなのだろうか。 上から見おろす形を改めるように膝をフローリングについて、ソファに座り込んでいる朝佳の視線に合わせて真っ直ぐに見つめる。 俺の行動ただ一つに動揺するように視線を動かしている朝佳が可愛くて、憎らしい。 そういう精神状態自体を初めて体験する俺は、どうしようもなく自分がこの女に狂っているということに、初めて気付いた。 知らなければ、俺はもっと腐ったままの、楽な俺で居られたはずだ。
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