フレンドリスト 「間宮朝佳と38度7分」

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むくむくと顔を擡げる欲望を流すようにため息を吐いて、視線を映画に戻した。神に捧ぐラブソングを歌っている若者を見つめて、何とかやりこめる。 今俺の脳髄を席巻している衝動を、どうしても抑えたかった。 俺は、朝佳を泣かせたいわけじゃない。 こいつを何とかしてやりたいと思っている。だから、望まれていない行動くらい理解している。 オーバーヒートしそうになった思考を無理やりに押しこめて、瞼を瞑った。 「そうだよ。全部、春哉のせい」 その言葉と共に右手に触れる何かに、今度こそ猛烈な眩暈が襲った。 こいつ馬鹿じゃねえのと思う俺は、確実に動揺していた。 朝佳の顔を見ていた数秒前の自分を殴りたい。むしろ、手でも握ってよと言った数分前の自分を黙殺したい。 ソファに垂れ下がっていた俺の右手には、控えめに朝佳の指先が触れていた。申し訳なさそうに、俺の小指に絡まっている感覚がする。 見ない方が良いとわかっていながら、ちらりと確認して、また視界が熱くなる。 朝佳の細く、白い指先が、俺の小指を柔らかに拘束していた。 俺が手を差し出したわけでもなく、怪我をしたわけでもないのに、朝佳の方から俺の手を握ったのは、初めてのことだっただろう。 いつだって一方的に触れていた手が、朝佳の意思で俺に触れている。女々しい思考にうんざりしながら、拍動は留まることなく上昇していた。
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