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飛びかけていた思考を引き戻されて、謙太郎が顔を近づけてくるのを感じて足を引いた。
冗談でも顔を近づけられたくない。俺が女なら、間違いなく藤を選ぶだろう。こいつでも慎之介でも、もちろん自分でもなく。
声をかけられていることを思い出して「さあ、知らねえな」と呟くと、同情顔の謙太郎と目があった。
お前と一緒だけはご免だ。さすがにそこまで本能的な暮らしをしてはいない。
「ハルチ、一緒に真実の愛、探して行こうな」
「うぜえ」
適当に言葉を発する謙太郎が、煙草の先端を擦って灰皿に捨てた。それを見て、新しい腕時計を確認する。
先日修理に出した時計の代わりに付けているのだが、どうも慣れない。時間を確認するのに数秒を要しながら、ほんの数分で次の講義が開始することを知った。
「二人とも、次の講義ねえの?」
「ない。ハルチは?」
「俺もない」
「マジか。俺だけじゃん。だるいわー。今日、飲み行く? 慎之介もハルチもしばらくきてねえじゃん」
「俺はハルチが行くなら行くかね」
ちらりと慎之介の視線が伸びてきて、隠すことなく呆れを吐いた。
頗る面倒だ。この流れだと、散々謙太郎の女事情を聞かされて終わりになりそうだ。
その上、俺は夕方と深夜、必ず朝佳を迎えに行かなくてはならない。と言っても、俺が勝手にやっているだけだが。
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