温情

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温情

 あなたはいつだって優しいひと。  初めて会った日のことは今でも覚えているわ。仕事に追われ、人間関係に疲れて、全てを投げ出したいって、そう思ってた去年の6月、数日続いていた雨の日だった。ここから落ちれば楽になるかな、なんて甘い妄想に耽りながら、水量が増して少し土気の混じった川を、橋の上から眺めていた私に、心配して声をかけてくれた。  「あの、大丈夫ですか?」  まさか見知らぬ人に声をかけられるなんて思ってなかったから、私誰かと思ってびっくりしたんだから。振り向いたら警察の制服じゃなかったけど、私服の警官の人かなって。  「すみません、急に声をかけて。ただ、川の方をじっと見ていたので、何かあったのかなって」  やっぱり、飛び込もうとしてると思われたんだなって。私にそんな勇気あるわけないのに。大丈夫です。って言おうと思ったんだけど、なんでか全然声が出なくてね。声の代わりに涙ばっかり出ちゃって。後で思い返してすごく恥ずかしかった。  「ねえ、あなたは覚えてる?」 私は隣で眠っているあなたの顔に手を添えて、親指で優しく頬をなぞった。  それから雨に濡れた私を部屋まで送ってくれた。もしかしてこういう人を狙っていて、部屋に上がり込んで襲われるのかなって思ったりもしたけど、でもそうなってもいいかなって。あのときは全部投げやりになってたから。  でも、あなたは私を部屋に送ったあと、風邪を引いちゃいますから、暖かくしてくださいねって。部屋には上がってこなかった。うわあ、こういう人って本当にいるんだって、ちょっと衝撃だった。私が連絡先聞かなかったら、あなた何もせず帰ったでしょ。きっとそう。  その後は確か、お風呂に入って、ご飯も食べずに寝たんだったかな。あんまりその後のことは覚えてないんだよね。で、起きてからようやくお礼も言わなかったことに気づいて、あなたに連絡したの。  「昨日はありがとうございました。お礼も言わずにすみません。是非会ってお礼をしたいのですが、今日ってお時間ありますか?」  「いえいえ、体調は大丈夫でしょうか。僕は今日は空いているので、いつでも大丈夫です。」  なんかそれだけで嬉しくなっちゃって。学生時代に戻ったみたい。っていうのかな。まあ、私は学生の時ですら恋愛なんてまともにしてないから分からないんだけど。  それからカフェで待ち合わせして、ちゃんとお礼も言えた。二人でご飯も食べに行ったし、デートだって何回もした。最初は緊張したけど、身体を重ねるのだって、もう慣れたものよね。
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