お仕事⑤「陶芸家の由野くん」

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お仕事⑤「陶芸家の由野くん」

僕は陶芸家、だ。 仕事は作品を作って売り出したり、 作品展やコンクールに出展したり、が主だが、 カルチャースクールで陶芸を教えたりもする。 僕が担当しているのは初心者のコースで ろくろを回す方法ではなく、 手捻りで作品を作ってもらい、それを預かって  釜で焼いて仕上げたものを 生徒に返すという工程だ。 なので、小さな子供からお年寄りまで あらゆる世代の人が参加できる。 大人の粘土遊び的な感覚があるのか、 教室はけっこう人気がある(えへへ) 「では、まず作りたい物を決めて下さ〜い」 「はあ〜い」 今日の生徒さんたちはほぼ主婦の人たちだ。 まあ、平日のお昼間だし、学生さんや会社員は 参加しにくい時間だよな…。 これが土日とか夜の時間だと 生徒の種類はガラリと変わるから面白い。 「作る物がきまったら、必要な量の土を取ります」 土はあらかじめ水分を加えて粘土状にした塊を 用意してある。 「お茶碗ならこれくらい、湯呑みなら これくらいの大きさですよ〜」 僕は塊から捻り出した大きさを生徒さんたちに 見せてから、自由に土を取ってもらった。 後は自由に器やお皿などを制作してもらうのだが… ほとんどの生徒さんたちがワイワイと作り出す中、 捻り出した土を目の前にして ぼんやりしている女性がいた。 どうしたのかな…?? 「どうしました?」と声をかけると、 「あ…すみません」と小さな声。 「作る物が決まりませんか?」 「いえ…、お茶碗にしようかと…」 そう言いながら、彼女は突然 ポロポロと涙をこぼした。 えっ…(焦)えっと…ど、どうしよう… 「すみません、先生…」 「い、いえ…」 そう言いながらも彼女の涙は止まらない。 周りの生徒さんたちもざわつき出した。 このまま彼女を晒し者にするわけにもいかないな… 「こちらで少し…休みましょうか」 教室の奥に控え室があり、僕は彼女を そこへ案内することにした。 中にある椅子に座ってもらう。 「他の方たちは続けて下さい〜」 僕は教室を出てロビーへ行き、自販機で 缶コーヒーを買って教室へ戻った。 控え室に入ると彼女は机にうつ伏せに なって寝ていた。 頬には涙の跡が…。 何か悲しいことがあったのかな…? 僕は着ていた上着を脱いで彼女の背中にかけ、 机にそっと缶コーヒーを置いて控え室を出た。 陶芸教室の時間が終わり、生徒さんたちが すっかり帰ったところで、 控え室から彼女が出てきた。 「ありがとうございます、上着とコーヒー…」 「いえ…。大丈夫ですか?」 「はい…。お茶碗、作れなくてすみません」 「よかったら次回にまたいらして下さい」 「そうしたいんですけど…来れないかも」 「そうなんですか…?」 「はい。お茶碗を使ってくれる人、出ていって しまったから…」 「え…」 「もう…ダメなんです、私たち」 作ろうとしたのは ご主人のお茶碗だったのかな…? 「では、ご自分のお茶碗を作りに来て下さい」 「いつか…そうしたいです。 …ありがとうございました」 深々とお辞儀をして 彼女は教室を後にした。 その背中は寂しそうではあるが 少し清々しい感じもした。 誰かのために作るのもステキですけど、 これからの自分のための器を作るのも いいものですよ…。 僕はその背中に向かってそっと声をかけた…。
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