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お仕事①「花屋の由野くん」
僕がこのフラワーショップに勤めて、
もう3年目になる。
見た目よりはるかに重労働なこの仕事は
ラクではないが
子供の頃から草木に囲まれていると、
なぜか心が落ち着くことが多かった僕は
迷わずにこの仕事を選んだ。
花屋の朝は早い。
生花市場に出向くことも多いし、
仕入れた花はすぐに延命処置を
施さなければならない。
店のオープンは10時からだったが、
店先で花の処置をしながら、
通りを歩く人々を眺めるのが僕の日課だった。
その中に…
ちょっと気になる女子がいた。
決まった時間に通る彼女は、
大学生かOL…だろうか。
ほんの少しの時間だが、
必ず僕の店の前で立ち止まる。
僕は
肩までの柔らかそうな髪と
大きな瞳が美しい彼女を
ちょっとドキドキしながら見てるんだけど…
彼女の視線は、僕にではなく
店頭に並ぶある花にいつも向けられているのだ。
それは…
真っ白なバラの花…。
僕の店はバラの種類が多いことが
ひとつの売りでもあった。
オーナーが無類のバラ好きなのもあって、
直接バラの生産農家と契約を結んでいて
店頭には色とりどりのバラが並んでいる。
美しい色あいのモノや
珍しい品種も揃っている中、
彼女が立ち止まって眺めるのは
真っ白なバラ…。
その花に向かって
時には微笑み、
時には何か話しかけ、
そしてゆっくりと立ち去っていく。
何か思い出でもあるのかもしれない。
話しかけたい衝動にかられることもあるのだが
彼女の大切なひとときを
邪魔してしまうような気がして
僕はそっと見守るしかなかった…。
時折、白いバラを見つめる彼女を見つけて
友達が「まき~」と声をかけてくることがあって
僕は彼女がまきという名前であることを知ったが、
話しかけることはできずにいた。
ある日のこと。
いつもの時間にまきがやってきた。
また白いバラを見に来たんだね…。
そう思いながら僕は彼女の顔を何気に見つめた。
あれ…?
いつもと様子が…
彼女は…泣いていた。
声を出すこともなく、
大きな瞳からぽろぽろと落ちる涙を
ぬぐおうともせず、
白いバラを見つめながら泣いていたのだ。
何があったの…??
僕はいたたまれない気持ちになった。
僕の存在に気づくことすらなく、
ひたすら泣く彼女の姿はとても儚げで
とにかく何か…彼女にしてあげたかった。
僕は勇気を出して、
ショウウィンドウにあるその白いバラを1輪抜くと、
店の外に出た。
それをそっと彼女に差し出す。
差し出したバラに気づいた彼女は
驚いて僕の顔を見た。
「あ、あの…」
「これをまきさんに…」
「どうして…私の名前…???」
「いつもこの花に話しかけてくれたお礼です」
途端にまきの瞳から涙が一気に溢れ出す。
えっ…(焦)よ、余計に泣かしちゃった?僕…
「ありがとう…ございます…」
小さな声で僕から白いバラを受け取ったまきは
泣きながらも笑ってくれた。
その笑顔が
なんともかわいらしくて
ちょっとせつなくて…
そしてまきの口から語られたことは…
白いバラは
まきが大好きなセンパイの好きな花だった。
まきはそのセンパイに片思いだった。
そして、その思いを打ち明けることなく
センパイは結婚することに…。
「そうだ…」
僕はまきにそっと近寄ると、
まきに渡したバラを自分の手に戻した。
「少し、待っててください」
「はい…?」
僕は店の中に戻ると、
白いバラで小さめの花束を作った。
それに淡いピンクのリボンをかける。
「センパイさんに…これを」
「きれい…。あ、でも、お金払います!!」
「お金はいりません」
「そんな…」
「そのかわり…また店に来てもらえますか?」
「もちろんです…!」
白いバラの花束を受け取ったまきは
ほころぶような笑顔になった。
それはどんな花よりも美しかった…。
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