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少年と青年の話
翔太待って待って、手袋しないと寒いし。あ、またクリーム塗ってないね?ガサガサじゃん。ほら手ぇ出して、ユウトがそう言って、玄関の鍵とかハンコとか入れてあるカゴからチューブのハンドクリームを取り出した。
「だーいじょうぶだって。ユウトは母ちゃんみたいだな」
翔太はお節介の過ぎるこの幼馴染を少し疎ましがりながら、でも少しくすぐったい気持ちで両手を言われるがまま差し出した。
ユウトは自分の手に絞り出した少し固めのクリームをまずは自分の手のひらで伸ばして、それから翔太の両手を包み込むようにして油分を移す。
手を洗った後、ユウトが何遍も言ってるのに相変わらずズボンで手を拭く癖の抜けない翔太は、大学生になり一人暮らしを始めるようになっても、冬場の手荒れには悩まされている。自業自得だからね!とユウトに睨まれながらも、翔太自身より翔太の手荒れの心配をするこの幼馴染の手の温もりには勝てなくて、翔太はこの癖を直すつもりは、ない。
はいオッケ、手袋して。浸透するから。ユウトはパン、と翔太の両手を軽く叩いて、クリームが塗れたことを知らせた。
「手袋、しなきゃダメ?地下鉄入るとあっつくてさあ」
翔太の住んでるアパートから大学へ向かう地下鉄の出入口は意外とすぐで、まあそれがこのアパートを借りる決定打になったのだけど、せっかくユウトに巻いてもらったマフラーも、片っぽずつ渡してくれる手袋も、すぐに脱がないといけなくなるなら始めからしない方がマシだし、なんならもう少しアパート遠くても良かったかな、なんて翔太は思ったりもする。
何バカなこと言ってんのかなー翔太は。ユウトは呆れ顔だ。翔太の考えは何でもお見通しだからね、ユウトはそんな風に翔太の顔を見上げていた。
小学生の頃は同じくらいの身長だった。同じ中学に行って同じクラスになって、やった翔太と同じクラスだ。うん。なんて会話をして少ししたあたりから、翔太の方が身長を引き離していった。何かトレーニングとかしてんのかよずりぃ、とユウトに膨れっ面をされたが翔太にも心当たりがまるでなかったから、知らねーよ、なんてつっけんどんに返してしまったけど。そんな日々も今は懐かしい。
縮まらない身長差は、翔太が大学生になり更に開いた。見下ろすユウトの身体はまだ発達途中のそれで、あの頃心に抱いていた青くて若い感情が翔太の中に蘇り、つい甘酸っぱい切なさにきゅっと胸が締め付けられる。
「じゃ、行ってくるな。戸締り用心」
火の用心。翔太とユウトだけに通じるいつもの合言葉を掛け合うと、翔太は玄関のドアを閉め鍵を掛けた。
いつまでも切なさだけが、胸に残る。
ユウトは中3の時に、交通事故で死んだ。
翔太はずっと、ユウトのことが好きだった──今でも。
翔太は毎朝のこの掛け合いを、止められないでいる。
おわり
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