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五年ぶりに入った自室にも、掃除は行き届いていた。
光希が見たいというので、智弥が恐る恐る開いたドアから続いて入ってくる。
真ん中にぽっかり空間があるのは、グランドピアノの置いてあった場所だ。高校入学と同時に、今の部屋に引っ越した。そのとき、ピアノも一緒に移動させたのだ。
「ギターはいつからやってるの?」
ふとした疑問を思いついたように、ピアノの楽譜だらけの本棚を見上げながら光希が尋ねてくる。
「ギターは……正確には四歳か五歳か……」
「はや!」
光希が目を丸くする。
ギターは龍生に出会ってから始めた。エマが他界し、悲しみに打ちひしがれた颯が自分も死ぬと言って泣き喚くので、路上で演奏していた龍生に、当時四歳だった智弥が助けを求めたのがきっかけだ。
その頃には和鷹もふらふら家を出たり入ったりだったので、すでにブランカと颯の家が智弥の家のようなものだった。なのでギターをこの家で弾いたことはないかもしれない。
「……柊吾さんにはびっくりした」
光希が絨毯の模様を追いかけるように目を伏せたままつぶやいた。
「……俺も」
普段、めったに表情を変えない柊吾が、和鷹の頬をぺちん、と軽く叩いて
『この莫迦野郎』
と和鷹の肩で泣き崩れたのだ。
「ええと、まずはエマさんと颯さんが幼馴染でしょ? んで、音大で颯さんと和鷹さんが知り合って……?」
指折り確認をしている光希の言葉を継ぐように、
「母さんが調律科にいい人がいるって柊吾さん連れてきたらしい。岳大さんは……俺の生まれる前だから詳しくは知らないけど、柊吾さんと会った頃は十代だったって言ってた気がする」
その頃の話を訊いてみたいが、岳大が複雑な表情を浮かべるのであまり深く訊いたことはない。ただ、『柊吾に会ってなかったら終わってた』といつか話してくれたことがある。あと、何故か『お前のかーちゃんはすげぇヤツだぜ』と肩をばんばん叩かれた。
考えてみたら、友人の子どもとは言え、いきなり四歳の子の親代わりをする羽目になったのだ。戸惑いや、和鷹に対する怒りがあっても当然だ。
だが、柊吾も岳大も、智弥に対してそんな素振りは一切見せたことがなかった。普通の親と同じ。悪いことをすれば叱られたし、厳しくも、愛情深く育ててもらったと感じる。――多少の口の悪さはあったが。
「……あのクソ親父になんて言ったんだよ」
リビングの宴会場からくすねてきた缶ビールを開けながら、仏頂面で尋ねる。光希もソファに腰かけて同じくプルトップに手をかけた。
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