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「うごいてないね」
スクランブル交差点で立ち止まっている人たちを指さす。
「信号が青になれば、動き出すよ」
「またうごくの?」
「信号が青になったらね」
信号が青に変わり、信号待ちをしていた人たちが一斉に歩き出す。それをじっと見つめていると、ふと止まっている車を見て。
「うごいてないね」
「そう言うと思った。今は、車が動いちゃダメな時」
「またうごくの?」
「動くよ、車の信号が青になれば」
「ふうん」
「うごいてないね」
女の子が指さしたのは、雲だ。大空に大小様々な雲が空に散らばっている。
「いや、動いてるんだよ」
「そうなの?」
「ここからだと動いてないように見えるけど。動いてるんだよ、雲は。ゆっくりゆっくり、すごくゆっくりね」
上空ではとんでもないスピードで動いてるんだけど、まあそれを説明しなくてもいいだろう。
「ふうん」
「うごいてないね」
女の子が指さしたのは、アスファルトの上で死んでいる雀だった。大きさからして子供だ、たぶん雛から成鳥になったばかり。飛ぶのに疲れたのか、烏に襲われたのかわからないが自然界ではよくあることだ。
「うごかないよ」
「うごかないの?」
「死んでしまったんだ、今までは動いていたけど、もう動かない」
難しいかな、と思ったけどそのまま伝えた。すると女の子はいつもなら「ふうん」と言ってどこかに行くのに、今日はじっと俺を見ている。
「いきているとうごく」
「そうだね」
「しぬとうごかない」
「もう二度と、動くことはないね。生きているものは、いつか動かなくなる時が来るんだ、必ず」
「泪も、うごかなくなるの?」
「え」
目が点になった。この子、何で俺の名前を知ってるんだろう。不可解な事なんだろうけど、なんというか何度もいろいろな所で遭遇して、その都度俺がいろいろ教えているせいか、気味悪さなどはなかった。ただ不思議な感覚だ。
ここで「何で名前知ってるの」と聞くのは野暮かな、と思った。この子の疑問には答えてあげたい。
「そうだね、うごかなくなるよ」
「いつ?」
「うーん、いつだろう。ずーっとずーっと先、しわしわのおじいちゃんになってからかな」
「ふうん」
そんな会話をしていると、後ろから悲鳴が聞こえた。なんだ、と思い振り返る。すると数メートルもない距離のところで、男が大きな刃物を持ってこちらに向かって走って来るところだった。明らかにまともな人間じゃないのは見てわかる、目つきが完全に異常だ。
やばい逃げないと、いやでもこの子を
そんな思考は1秒あっただろうか。気が付いたら男は目の前に来ていて、逃げる暇がないと思ったら女の子をかばう形で前に出ていた。
胸に凄まじい熱が生まれる。
いや、温度ではない。これは痛みだ。
刺された。
ガクリ、と膝から崩れ落ちるのが分かった。
心臓の辺りだ、致命傷だ。もう助からない。
こんな時だというのに、そんな冷静な考えが頭をよぎる。そして、倒れた自分の下敷きになってしまったらこの子は逃げられなくなる、と咄嗟に横に転がって逃げろ、といった。言ったつもりだ、言えたかどうかはわからない。熱さと痛さと冷たくなる手足、意識がすぅっと消えていく感覚の中。
「うごくなよぉ~、殺せないだろぉ~?」
男の陽気な声が聞こえ、ぎゃははは、という笑い声とともに再び男が大きく腕を振りかぶったのが見えたのを最後に、ふっと目の前が真っ暗となった。
「う~ご~くなよ~、今殺すから~!」
お前が動くな
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