うごいてないね

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 目を開くと天井が見えた。どこだ、と思うと同時に体中の痛さを感じてイテテ、と声を出す。その声は枯れていて、本当に自分の声かと疑ったくらいだ。口には何かプラスチックの物がついていて、左右を目線だけで見れば点滴、なんかの装置。ああ、病院かここ、とようやく理解が追い付く。 あの状況でよく生きてたな、と。こんな状態だというのに冷静に思ってしまう。 「あ!」  聞きなれた男の子の声が聞こえた。甥っ子の(たける)だ。俺を見るなりパァっと笑顔になり、バタバタと音を立てて廊下に走って行く。病院は走っちゃだめだって注意しないと。 「パパ、ママ、おばあちゃん、るいくん、おきた!」  相変わらず声が大きいな尊は、兄貴そっくりだ。そんなことを考えていると、廊下からものすごいドタバタという数人が走り寄って来る音がした。  本気のダッシュをして入ってきたのは母さん、兄貴だった。母さんは顔色が悪く、いつもポーカーフェイスな兄貴はめずらしく泣きそうな顔をしている。遅れて兄貴の嫁さんと尊が抱っこされて入ってきた。 「泪! 大丈夫!? 今、今先生呼ぶから!」 「……か、あ、さん」 「何!? 辛いの!?」 「病院で、はし、るなって……尊に、注意、しづらい」 「……はあ~」  俺の言葉に母さんは安堵した様子でその場にへたり込んだ。兄貴も泣き笑いのような顔になり、お前は起きて早々それかよ、とくしゃっと髪を撫でてくる。奥さんも泪君こんな時でも相変わらずだね、とほっとした様子だ。  その後俺はしばらく入院した。意識がはっきりとしてから母さんや兄貴から聞いた話では、あの場で頭のイカレた奴が通り魔を起こしたそうだ。何かいろいろ人生に失敗して自棄を起こしたらしいが、そんな事こっちに関係ないしどうでもいい、と二人とも詳しくは話さなかった。……ニュースで、ホステスに貢ぎまくって借金数千万あって挙句告白してフられた、って見ちゃったけどな。そんな理由で俺が死にかけたとなっちゃ俺には伝えたくなかったのもわかる。  俺は半月くらい意識がなかったそうだ。つい先日までICUに入っていて、一応体調が安定してきたから一般病棟に移ったばかりだったらしい。本当なら死んでいてもおかしくない、というより生きているのが奇跡という状況だったと言われた。 「犯人捕まった?」 「いや、死んだ」 「は? なんで」 「心臓発作らしいぞ。お前刺した後バタって倒れてそのまま、ってのが目撃者の証言」 「デスノートの可能性あるな」 「それな」 俺と兄貴のアホ会話を兄貴の嫁さんがくすくすと笑いながら聞いている。 意識をなくす直前にきいたあの言葉。 きいたことない声だった。男なのか女なのかわからない、二十音声のような不思議な声。 でも、きっと。というか、たぶん、あの子だよな。 動くな、か。俺が命云々を教えたからか。良かったのか、悪かったのか。 そして俺が生きている理由。何でだろうと思ってたけど、一つ心当たりがあるとすれば 「泪も、うごかなくなるの?」 「そうだね、うごかなくなるよ」 「いつ?」 「うーん、いつだろう。ずーっとずーっと先、しわしわのおじいちゃんになってからかな」 「ふうん」  あの会話。俺が動かなくなるのは、しわしわのおじいちゃんになってからだから。だから、だろうな。 ふうん、っていうのはあの子なりの理解を示した反応だったんだ。  助けてもらったという感謝の気持ちは不思議となかった。たぶんあの子は人助けとかそう言うつもりで俺を生かしたわけじゃないと思う。たぶん俺が冗談めいて今かな、なんて言ってたらあの犯人と同じ運命だった。 そういう子なんだろう、あの子は。
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