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電車通勤の時。たまに乗ってくる彼の手は冷たく何も言わない。手が冷たい人は心は暖かいと言うがどうだろう。
目が合うと降りる駅まで、電車の揺れでよろける私の身体を支えるように前に立つ。支えてくれるその手の冷たさはコート越しにでも伝わってくる。降りる駅までの少しの間。
何を考えてるのか、お互いに探り合うこともないし、関知しない間柄。
それまでの人生を無理に重ねようとしたり、探ったり、そんな愚かなことはお互いに必要ない。目も合わさない。
冷たい手がだんだん暖かくなり、私を支える手に少しずつ力が入ってくる。あと少しで降りる駅に着く頃、その手はとても暖かくなっている。
顔をあげて目が合う一瞬で初めてあいさつをする。
「おはよう。気をつけて、行っておいで」
「ありがとう」
彼の暖かくなった手をすっと握って降りる。
去って行く電車を見送る代わりに、ポケットの中で手に残った温もりをたしかめる。
寒い時にしかできない余韻の残る会話。
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