きっと、いつか。

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「…すみません」 「もう、いい、俺一人でやる」 俺は今日の午後一で次の取引先にもっていかなければならない資料を仕上げるのを”うっかり”忘れていた同僚の桜木に背を向け、黙ってしまった彼女の視線を感じながらも至急で資料をまとめねばと取引先から帰ったばかりのデスクに座り腕時計を見た。 十一時半。あと一時間半しかねえじゃん。 先方のオフィスに行く移動時間も入れると、 一時間もない。 「あの…山崎さん」 「何だよ」 桜木に視線を向けると、彼女は申し訳なさそうに 眉根を下げた。 「急用が出来てしまって今日は早引けします」 「は…?」 自身のミスで俺に資料を頼んで急用ができた? 連日の残業で疲れていた俺は 普段なら引っ込めるはずの言葉が口をついて出てしまう。 「桜木さ、ちょっとは状況、考えろよ」 「すみません。飯田課長には許可を取っています」 「そういうことじゃなくてさ」 「……」 黙ってしまった桜木の目にうっすらと涙が光るのが見えて、俺は押し黙った。 桜木は社内でも人目を引く美人で、愛想も良く、 男性社員の中ではマドンナ的存在だ。 そんな桜木に営業補佐をしてもらっている俺が羨ましいと言う輩もいるが、彼女ときたら一生懸命やっているのはわかるが、うっかりミスが多く、重ねて最近は急用といって午前や午後に急に休む。日中は営業で外回りをしている俺にとっては、彼女がやりそこねた仕事をカバーしなければならない為、外回りの後に終わらせるには必然的に残業しなければならないまでになっていた。 「もう、いいよ。パソコンつけといて」 桜木は頭を下げると慌てたように退社していった。 その後ろ姿に深々とため息を吐いて、彼女のデスクに行きパソコンから必要なデータを取り出し資料を作り始めた。 ああ、今日も昼メシ抜きか。 小さくため息を吐いた時、 手元の資料を取り上げられた。
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