31人が本棚に入れています
本棚に追加
二人の姿が見えなくなると、俺は桜木を
傍らの椅子に座らせて、その隣に座った。
「取り乱してすみません。
やだな…泣かないって決めてきたのに。
これは洗ってお返しします。
本当にすみません」
桜木はそう言いながら涙を拭うが、
そのそばから涙が溢れている。
「いつかさ、休みの日にランチ行かないか?」
「え?」
「あの後、ランチに陽菜ちゃんが見つけた店、
めちゃくちゃ美味くてさ。
テラスからも桜が綺麗に見えて良かったんだ」
「…でも、いいんですか、私なんかと」
「桜木と行かないと意味ないだろ。
もちろん、気持ちが落ち着いたらだから。
無理はするな」
立ち上がり、オフィスへ行こうとした俺に
桜木が声をかけた。
「山崎さん、ありがとうございます!
きっと、いつか、行きましょうね」
そう言って泣くように笑った桜木が
一瞬だけ陽菜ちゃんに見えて戸惑う。
目を擦るといつもの桜木で面食らう。
でもそんな桜木が少し可愛く思えた。
桜木は先にオフィスに戻って行く。
その背中を見つめて思った。
きっと、いつか、か。
スケッチブックを捲る。
俺と千鳥ヶ淵の桜を見る前から
彼女が病院を抜け出しては描いていたのであろう
東京の様々な風景が何枚も描かれていた。
スカイツリー、浅草寺、都庁、原宿駅、
山手線沿いの道。
どれもが彼女にとっては
新鮮な景色だったんだろう。
陽菜ちゃんがお昼ごはんを食べたあの店で
頼んでいたオムライスも描かれていた。
写真を撮っていたからおそらく
それを見ながら後で描いたんだろう。
咲き誇る千鳥ヶ淵の桜と
今も部屋に飾っている描いてもらった絵。
俺と腕を組んで楽しそうに歩いていたあの子。
きっと、いつか、
実現すると、いいな。
先の見えない仄かな未来を想いながら
俺もオフィスに戻り、取引先に向かう準備をする。
窓の外に揺れる街路樹の深緑が
目に眩しいような朝だった。
最初のコメントを投稿しよう!