きっと、いつか。

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春風が耳元を吹きすぎ、汗ばんだ髪を揺らす。 暖かい陽気を背中に心地よく感じながら 千鳥ヶ淵の桜の咲く道を俺は無心になって走った。 大学時代もよく走っていたコースのひとつだ。 風の流れを感じるのも、 陽ざしの温かさを感じるのも、久しぶりだった。 スーツがランニングウェアに変わるだけで、 こんなにも景色は 生まれ変わったかのように新鮮に見えるんだな。 俺は一際大きなソメイヨシノが咲くベンチまで辿り着くと、一息つくことにした。 桜を見つめて、ペットボトルから水を飲んでいたら、 枝に名も知らぬ青い鳥が止まり囀った。 「可愛いな」 鳥の囀る様を見るのも久しぶりで思わず漏れた独り言に恥ずかしくなり笑みを浮かべたら、隣に誰かが座って来た。 「可愛いですよね、何ていう名前かなぁ」 声の方を見ると、雪のように肌の白い女性が座っている。十代後半ぐらいか、艶やかな黒髪を一つにまとめて肩下まで垂らし、日本画の中から抜け出て来たように整った和風の顔立ちに息を飲んだ。 「あの、お兄さんにお願いがあるんです」 「はい…?」 「良かったらモデルになってもらえません…?」 そう言って、彼女はニッコリと笑い、 手にしたスケッチブックを見せた。 女性は十八歳で陽菜(ひな)と名乗った。
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