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好きと言って
子供たちに連れて行かれた妻が、廊下から消え去ったのを確認する、月命の腕時計は、
――十六時七分四十二秒。あと一時間十五分三十三秒。
ふたつ目の時間制限へと、かくれんぼは向かい始める。
マゼンダ色の長い髪は女物のブレスレットをした手で、月命の背中へと濃艶に払われた。
バイセクシャルの夫たちの中央へと、白いチャイナドレスミニは歩み出て、性対象として、男九人のそれぞれの視線を釘付けにした。
「それでは、もう一回は、僕たちの絆を深めましょうか〜?」
妻に内緒の、夫たちの情事が二回目のかくれんぼの意味。
誰が手引きしているか、すでにわかっている何人かはお互いに顔を見合わせただけだった。
「…………」
だが未だに、夫婦のかくれんぼだと思っている何人かは不思議そうに聞き返した。
「自分たち……?」
優しい妻に甘えて、勝手に結婚してしまった夫たち。颯茄とコミュニケーションを取るいい機会だった。
そこに、負けたがり屋の小学校教諭の発案で、かくれんぼが足し算されているだけ。だが、どうやら違うようだった。
――十六時七分五十二秒。あと一時間十五分二十三秒。
まだ時間制限は消え去らない。中休みだ。
明智の分家はノーマルの逆ハーレムではない。バイセクシャルの複数婚だ。妻と夫という組み合わせだけでなく、夫と夫というペアが存在する。
愛が一人に集中することはない。それぞれを愛する権限は、みんな平等。全員、配偶者は、今はかくれんぼに参戦していないだけであって、十一人常にいる。そのうち同性の配偶者は九人。
愛する男に想い人がいる。その気持ちは本気だった。それならば、この男の願いを叶えてやりたい。その想いやりの中で、結婚する時の挨拶で、初めて会ったという者同士もいた。
これだけ夫婦の人数が増えると、コミュニティーのようになり、軽い話はするが、結婚式をしたまま、距離感がほとんど変わらず、言いそびれている。性的なつながりへと続かない夫たちはいる。
月命はそこに目をつけたのだ。みんな仲良くが法律。バイセクシャルの複数婚だ。いつまでも距離があっては、懲罰が下る可能性は高いだろう。だからこそ、この機会に仲良くなっていただこうという企画だ。
月命はパンパンと手を叩いて、夫たちの意識を自分へ集中させた。
「相手に好きと伝えていない者同士が組んでください〜」
夫たちの告白タイムが設けられた。
複数プレイは、結婚後すぐに混ぜられる。歓迎の意味で。
だが、人数が多いため、一緒に参加していても、直接触れていない。そんなことが起きている。全員が相手を想っているからこそ、はぐれっぱなしのペアがいる。
愛していないわけではない。それならば、結婚するまでは踏み込まないだろう。待ったをかけるだろう。それが誠実である。心のどこかで、性的な魅力を相手に感じているから、婿に来て同じ苗字を名乗っているのだ。
だからこそ、この機会にぜひ、夫夫の愛と絆を深めよう――という夢のような大人のかくれんぼ、二回目。
「次は颯が鬼です〜。彼女が探すまでにお互い好きと相手に伝えてください〜」
ベビーピンクの唇から含み笑いがもれ出て、小学校教諭は仕事スキルを発揮し、綺麗にまとめ上げた。
しかし、スーパーエロの大先生から罠が放たれた。陽だまりみたいな穏やかな笑みで好青年が小首をかしげると、白のモード系ロングカーディガンの肩から漆黒の髪がさらっと落ちた。
「チュ〜してもいいの〜?」
一気に色がついてしまった。大人のかくれんぼ二回目。誰も止めるはずがない。バイセクシャルであり、夫なのだから。いや、止める理由が見つけられない。
はっきりとしたボディーラインを描く、チャイナドレスミニ。女装をしているという狂気な夫。月命は男性とも女性とも取れない、蠱惑的な含み笑いをする。
「えぇ、構いませんよ〜。他に意見はありませんか〜?」
策士二人の悪ノリみたいなかくれんぼの条件。他の夫たちは、光命と焉貴が上乗せしないことを祈るしかなかった。
「…………」
それ以上意見が出ることなく、何とかキスで踏みとどまった。大人のお楽しみはまた夜にということだ。
月命がパンパンと手を叩くと、女物のブレスレットの三日月のモチーフがゆらゆらと、玄関ロビーのシャンデリアに乱反射した。
「それでは、みなさ〜ん。もう一度確認です〜。彼女に捕まるまでに、相手に好きと伝えてキスをするです〜」
ニコニコの笑みで、強行突破しようとしている月命に、焉貴のまだら模様の声が、地上にいる全ての人々をひれ伏せさせるような威圧感を持って降臨した。
「何? このBLみたいな設定」
みたいではない。完全にボーイズラブだ。本当はバイセックシャルなのに。
同じく三百億年生きてきた夫。同じ策士。同じ教師。頭の回転は早い。だが、負けるの大好き。月命の凜とした澄んだ女性的な声は屈することもなく、平然とこう言ってのけた。
「BLではありません〜。僕たちはバイセクシャルです。厳密に言うのでしたら半分のBかLです〜」
「BoysとLoveだけでは、意味をなさない……」
負けたがり屋の夫の発言を聞いて、他の夫たちが盛大にため息をついた。だが、一人違う反応をした夫がいた。
優雅なピアニストの細く神経質な手の甲は、パッと中性的な唇に当てられ、くすくす笑い出し、
「…………」
肩を小刻みに揺らして、それきり何も言わなくなった。こうして、光命は今度、月命に撃沈されたのだった。
「光が大爆笑している……」
優雅な王子夫は、女装夫に笑いという牢屋に、策略的に監禁されたのである。
光命からの策は今回はなし。月命は先手を打う。一回目より時間が少ないのだ。
十六時八分四十八秒。あと、一時間十四分二十七秒――。
マゼンダ色の髪を背中でサラサラと揺らして、先へと話を進める。
「それでは、確認のために相手のそばへ寄って、みなさん一旦並んでください〜」
優雅な王子夫は撃沈されたままでも心配はいらない。本人が動かなくても、相手がそばにくる。それが愛を告げていない夫である。
お互い伝えていないのはわかっている。夫たちの視線は戸惑うことなく相手へと向き、艶ごとを持って交差し、玄関ロビーで動き出した――――
――――そのころ、何も知らない颯茄は、子供からもらったラムネのさわやかな香りを口の中で転がしていた。
深緑のベルベットブーツは水色の絨毯の上を進んでゆく。どこかずれているクルミ色の瞳は中庭の池を眺め、そこに映るオレンジ色の夕空の反射の美しさに気を取られままだった。
「もう日が暮れる。見つける人大変だよね? 暗いと……」
まさか自分が鬼だとも知らず、妻は夫たちが待っている玄関ロビーへと角を曲がった。そこには、それぞれの出で立ちで、一人ずつバラバラで立っている夫十人がいた。
何度見ても、いい景色だ。イケメンが冬の茶会か何かで、百九十七センチ越えの長身を生かして、座ったり立ったりしているのだ。
あの長い足が自分に近づいてきたら、そこにはどんなオーガズムの海が広がっているのだろうかと。
エロ妄想に入りそうになる、己の愛欲を何とか振り払い、颯茄は素知らぬふりをして、小さく頭を下げた。
「戻りました」
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