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旦那たちの愛を見届けろ/3
二人の間には策はいらない。生き字引と言われるほど長く生きている数学教師に、孔明は間延びした声で聞いた。
「学校どう〜?」
どこまでも無機質な高校教師は、毎日学校で起きている思春期旋風をただただ口にした。
「結婚するたび、キャーキャー言っちゃって、女子高生が。先生また結婚したの〜? ラブラブ〜? って。あいつら好きだよね。恋愛とか結婚とかの話さ」
有名アーティストと結婚し、しかもそれが時代の最先端をゆく、バイセクシャルの複数婚。休み時間のたびに、女子生徒に廊下で中庭で囲まれ、プレゼント攻撃を受け続ける、焉貴だった。
漆黒の長い髪はつうっとすかれては、短いものからサラサラとデッキチェアに落ちてゆく。
「何て答えるの〜?」
初等部に歴史教師の夫がいる、そんな高等部の教師は、一緒にベンチに座って、ランチを楽しむほど、夫夫仲はいい。
だが、生徒に対する反応は非常に冷めたものだった。そこにどんな意味があるのかもわからない、とても短い返事。
「そう」
「情報漏洩さけてるかも〜?」
孔明は陽だまりみたいに微笑んだ。きちんと教師の仕事をしている夫が膝の上に乗っているのだから。
生徒と教師だ。聞かれたからと言って、夫婦の話をするなどももってのほかである。教育者として失格だ。
手先が器用と言わんばかりの焉貴の指先が、孔明の頬へ伸びてゆき、唇で愛撫するようになでる。
「お前だって、そうでしょ? お前、どうしちゃってんの?」
帝国一の頭脳を持つという大先生だ、この夫は。一教師の自分よりも有名なのだ。
孔明は焉貴のおでこを、山吹色のボブ髪ごとなでた。着衣だからこそのサワサワと淡い感触が広がる。前の戯れように。
「ボク〜?」と孔明は言って、言葉を続ける。「同じ先生でも様子が違うからなあ。主催者のパーティーで、お祝いを言われるから、お礼を言うくらいだよ」
孔明は思う――
ほぼ社交辞令に囲まれた生活。それが今まで普通だった。何とも思っていなかった。仕事は面白かった。だから、陛下の命令にも従った。
だが、家族を持つことになって、自分の中に違う大切なものが生まれた。一ヶ月も家に帰れない。電話で連絡するばかりの日々。その生活が時々さみしいと思うようになった。
あのどこかずれている妻に、様子がおかしいと心配される日々。やけにくたびれて、眠くなるのが早い。知らない土地での就寝時刻。
陛下のご意思は、仕事ばかりの自分に、愛というものを気づかせるためだったのかもしれない。陛下は広い視野で人々をいつも見ていらっしゃる。
だからこそ、バイセクシャルの複数婚という選択肢の中で、新しいものを学ぶことが、自分を含めてより多くの人が幸せになれると、判断されたのかもしれない。
悪という概念が存在していない。向上心はあっても競争心はない。お金という制度がほとんど存在していない。
今までの自分の価値観では対応できない。そこで、自分の理論を説く。このまま進み続けても、いい結果は出ない。
自分は陛下の元を訪れて、仕事の一時中止を申し出た。それはすぐに受け入れられた。そうなると、やはり自身の学びは、家族の中にあるのかもしれない――
二つの結婚指輪が契約という名のもとに重なり合う。
焉貴は思う――
この男は頭が確かにいい。だが、二千年弱と生きている時間が非常に短い。
悪を広めないために閉鎖された、限られた宇宙で過ごしてきた日々。普通の世界を知らない。視野が狭い。
今壁にぶち当たっている。自身の培ってきた価値観が通じない宇宙が多く出てきてしまった。今までの事実と可能性がまったく役に立たない。それでも、陛下の命令に従おうと懸命だ。
家で姿を見かけるたび、本や資料を広げて勉強している。子育てのこともそうだ。時間が許す限り、子供と一緒に過ごすようにして、可能性を導き出しては、失敗しての繰り返し。
それでも、感情に流されず生きている。その冷静さが正確に素早く前へと進ませるだろう。
教師として、人をたくさん見てきたからこそ、わかる。少しずつ変わり始めていて、今はまだ手を貸す時期ではないと――
恋人から夫へと変わった男の膝の上で、焉貴は無機質に孔明の話にうなずいて、
「そう」
皇帝で天使で大人で子供で純真で猥褻で矛盾らだけのまだら模様の声を、凛々しい眉を見せる男にかけた。
「いいね、こうやって、お前の顔見上げるの」
山吹色のボブ髪の奥に隠されている頭脳を愛おしむように、孔明は焉貴の頭を両手で包み込む。
「ボクの思考回路を理解できる、キミの声が膝の上から聞こえてくるのが、大好きだったよ――」
「俺も愛しちゃってます――!」
ハイテンションに、焉貴のワインレッドのスーツを着た腕が、パッと持ち上がった。余ったもの同士とは言え、ルールはルールである。ひとつ目は無事クリアした。
間延びとダラダラ。ある意味似ている孔明と焉貴。こうして、彼らのバカみたいな時間が始まった。
「チュ〜しちゃう〜?」
「しちゃ〜う!」
甘すぎてのどが痛くなるような甘さダラダラの焉貴の声が応えると、孔明が漆黒の髪を夫の上に降り注がせながら、かがみ込んだ。
のろけという言葉があきれるほど、二人の唇は直角の位置でハッピーに出会った。
砂糖菓子みたいな甘ったるいキス――。
頭の冷静さで、色欲など抑え込める二人。きっかけは焉貴のナンパだった。孔明が引っ張り回されるような、自然体でありながら強引に引きずるみたいな出会い。
ただ話すだけで幸せだった。恋人にならなくても、結婚しなくても、十分幸せだった。だが、陛下の命令によって、二人のバランスは崩れ、こうして、運命に引き寄せられ、夫として同じ家に住み、甘い生活を送っている。
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