いつかの時代、どこかの誰かの追憶

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いつかの時代、どこかの誰かの追憶

 処刑の日は訪れた。  血に塗れた生を(あがな)うため、彼、あるいは彼女は一歩、一歩と死刑台の階段を昇る。  頭上に飛び交う(からす)を見上げ、彼女、あるいは彼は「君か」と呟いた。  罪人が死刑台へと送られたのは、一匹の鴉が死体の指を(くわ)え、判事の目の前に落としたからだと噂されている。人は、それを神罰と呼んだ。  けれど、違う。それは魔女の仕業だ。  紛うことなき「わたし」の呪いだ。  ***  わたしが一人、誰にも邪魔をされず住んでいた頃、そいつは唐突に現れた。 「君が魔女だね」  そこで初めて、わたしは自分が魔女と呼ばれていると知りたくもないことを知った。  男か女かもよく分からない誰かは、悪びれもせず微笑んでいる。  腹が立ったので、その日は追い返した。  両親を流行病で亡くしてからというもの、村人からの当たりは冷たかった。馴染みだった医師も両親と同じ病で死に、わたしに遺されたものは医師が住んでいた小屋だけだった。  魔女だなんて、ふざけた話だ。  両親が死んだ時も、恩人が死んだ時も何一つ助けてくれやしなかったくせに。  そんなふざけた話だって、あいつが余計なことを言わなきゃ知らずに済んだことだ。忌々しい。  しかも、その失礼な誰かしらは、その日だけでは飽き足らずに連日訪れるようになる。 「君に聞きたいことがある」 「帰りなさい」 「知りたいことがあるんだ」 「帰りなさい」  心底面倒だったけれど、彼、あるいは彼女の訪問は続いた。  しつこく質問をしてくることもあればすぐ帰ることもあったし、来訪に間を置くこともあれば立て続けに来ることもあった。  わたしをからかっているのか知らないが、せめて距離を詰めたいのか詰めたくないのか、はっきりして欲しかった。 「魔女という呼び名に心当たりはない、と」 「君は孤独なんだね」 「つまり、自分の扱いは不当だと?」  そいつはいつも心に踏み込んでくる割に、特に何もせず帰っていく。ただ、こちらから尋ねたことも、少しばかりある。 「あなた、男? 男なら来る理由もわかるわ」  結わえられた土色の髪に、切れ長の草色の瞳。  女にしては高く、男にしては低い身長。着込んでいるので体格は分からない。装飾が少ない服装は、男装のようにも見える。 「女だよ。村人にバレない格好で来ているんだ」 「……そうですか」 「がっかりした?」 「馬鹿なことを言ってないで帰りなさい」 「本当は男だよ。よく女性と見間違われる」 「……どっち? はっきりなさい」 「さぁ、どちらだろう」  いつだって感情を見せず、わたしのことを探るくせして自分のことを誤魔化す。……そんな彼|(?)に、心を乱されるのが悔しかった。 「あなた、人の心がないのね。きっとそうよ、そうに決まっている」  八つ当たりのように吐き捨てたことがある。 「そうかもしれないね」  変わらない微笑が、腹立たしかった。  ***  程なくして、わたしは火刑となった。  最期の時、わずかな希望に(すが)ったわたしが愚かだった。  あいつは助けの声に耳すら貸さず、ただ、わたしの苦悶(くもん)を見つめていた。  流行病の元凶を滅したと、お祭り騒ぎに興じる村人達とはまた違う、根っからの歪みを秘めた瞳。炎に照らされ、爛々と煌めく草色の瞳。……わたしは忘れない。  どうして?  魔女にふさわしいのはそいつなのに。  ここで身を焼かれるべきは、私ではないのに。  ***  死刑台の上、彼女、あるいは彼はいつもの如く笑っていた。 「君はただの人だった」  小屋に訪れた時と同じ、世間話をするような、軽い声が響く。 「もし、本当に魔女だったら……独りにならずに済んだのに」  わたしは草色の瞳を、その空虚さを、直視したことがあっただろうか。  ぶら下がった死体が男なのか、女なのか。それすらわたしは知らない。  狂人はもう、何も語らない。
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