暗闇の猫

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 肩を跳ね上がらせて、後ろに後ずさりしたが、人は来ない。  人影も見えなかった。  「見間違え、か…?」  すくんだ足で、また歩いた。  すると、後ろから冷たいものが首に触れる。  腕。女の、腕。  後ろから抱きつかれた。  真っ黒な長い髪が、ふわっと広がる。  「ふふっ、こんにちは」  耳のすぐ近くで、透き通るような、頭にこべりつき離れない声。  ヒッ、と男は声を上げ、固まる。  動けない。  後ろを向くことさえできない。  パニックになり、目を見開き、瞬きさえ出来なかった。  血の気が引いていく。息も上手くできない。  「一人でこんな場所に居たら、危ないよ?お兄さん」  冷たい腕が、ギュッと首に触れる。  声からして美形。  そんな女にバックハグをされているのに、今は恐怖しか湧いてこない。  怖い怖い怖い怖い怖い。  逃げたい、速く、家に。  「あ、もしかして……私に会いたかったの?」  鳥肌が止まらない。  助けてくれ、誰か。  「ふふふっ、そう、嬉しいわ」  なにも答えていないのに、会話が進んでいる。  なんなんだ、この女は。  パニックになった頭で、懸命に考える。  思い出したのは、  『知らねぇのかよ。黒猫の話『バケモンなんだよ『殺人事件が起きてんだよ。それも酷い殺され方をしてる『黒い服と黒髪の女で、『黒猫らしいヤツに殺された『結構な美人さんらしいぜ『タイプの女の子だったら殺されても『人目につかねぇとこには行かねぇように』  いろんな声が頭の中を回る。  走馬灯なのか。わからない。  気持ち悪い。  「じゃあ、——あそびましょ」  その一言で、男の体は、俺の腕は、右腕は、    飛んだ。  「っ、ああぁあぁああぁあああっ!」  痛い、熱い、痛い、痛い。  「ぁ…くっ……」  「あははっ!真っ赤、綺麗ね」  真っ赤な目で、顔で、表情で、女は言った。  痛みに耐えながら走って逃げようとする。  「あら?どうして逃げるのかしら?」  女は、一瞬で男の前の来た。  「ヒッ……」  「ふふっ。その顔、好きよ、私。恐怖で染まった表情(かお)」  男の頰に手を滑らせる。  「や、やめろ…やめてくれ……!」  逃げようとする男を、  「んー……この足、邪魔ね」  切れた。左足首。  またもや男の断末魔が響く。  その口を女が後ろから手で塞いだ。  そして、女の片手にはナイフが握られている。  必死に抵抗する男。  「そんなに暴れてたら、もっと辛いよ?まあでも、私は楽しめるけど」  男の左肩に、前からナイフが刺さる。  口を塞がれ、痛みに耐えることしかできない男。  「痛い?痛い?綺麗な色が飛んでるわ」  ナイフを容赦なく抜き、男の膝裏を足で勢いよく押すと、男は膝をつかせた。  そして今度は、左足の脛の部分をナイフで引き裂く。
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