ゆで卵

11/11
前へ
/115ページ
次へ
那奈美にも言えない。 でもすぐにわかった。 あの時、白石くんはプラカードを持っている風見を心配したんじゃない。胃癌だから、体調は大丈夫か聴いたんだ。 部屋に戻って、疲れ果てた那奈美はすぐに寝てしまった。泣いたり怒ったり笑ったり。三歳児に戻った気分だと那奈美は幸せそうだった。 私は引きつった笑顔をしないように、なんとか努力した。 那奈美が寝てから、私は部屋の洗面所に向かう。 「ごめん。」 風見の困った顔を思い出すと、あの喉の奥の痛みが込み上がった。じんわり熱が体に集まって、私は膝から崩れ落ちるようにして泣いた。大理石模様の白い床に涙が落ちる。 声が洩れないように、洗面所の蛇口の水をつよく流した。頭の上で、洗面台に跳ねる強く流れる水。その滴が頭についても気にしないで、私は泣いた。声をあげて泣いた。 やだよ、やだ。 私、風見ともっといろんなものを食べたい。 いろんな場所に行きたいのに。 やだよ。 私、こんなに…
/115ページ

最初のコメントを投稿しよう!

8人が本棚に入れています
本棚に追加