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那奈美にも言えない。
でもすぐにわかった。
あの時、白石くんはプラカードを持っている風見を心配したんじゃない。胃癌だから、体調は大丈夫か聴いたんだ。
部屋に戻って、疲れ果てた那奈美はすぐに寝てしまった。泣いたり怒ったり笑ったり。三歳児に戻った気分だと那奈美は幸せそうだった。
私は引きつった笑顔をしないように、なんとか努力した。
那奈美が寝てから、私は部屋の洗面所に向かう。
「ごめん。」
風見の困った顔を思い出すと、あの喉の奥の痛みが込み上がった。じんわり熱が体に集まって、私は膝から崩れ落ちるようにして泣いた。大理石模様の白い床に涙が落ちる。
声が洩れないように、洗面所の蛇口の水をつよく流した。頭の上で、洗面台に跳ねる強く流れる水。その滴が頭についても気にしないで、私は泣いた。声をあげて泣いた。
やだよ、やだ。
私、風見ともっといろんなものを食べたい。
いろんな場所に行きたいのに。
やだよ。
私、こんなに…
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