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かつてない緊張感の中、私はセレニティ4とノスリ号のドッキングを成功させた。
「ドクター、まずは私がそちらに行きますので待機していてください」
『了解』
海部さんがノスリ号で地球を出発してから150年後。小惑星の軌道変化が観測され、彼は生ける伝説となった。
さらに数十年が経ち、ついに今年、海部さんから最初の帰還報告が届いた。地球は歓喜に沸いたが、喜んでばかりもいられなかった。老朽化した冷凍睡眠装置がシステムエラーを起こし、海部さんは予定より早く目覚めてしまったのだ。ノスリ号そのものにも、だいぶガタがきているという。
すぐに対策が議論され、迎えの船を送ることが決まった。200年の間に宇宙航行技術はだいぶ進歩しており、船もパイロットも格段に増えていたのだ。
そして、一番近い座標を航行していた私とセレニティ4が、その大役を任されたのだった。
ハッチの前に到着し、私は船窓に映る自分の姿をながめた。この日のために新調した制服の襟やそで口がゆがんでいないか確認していると、ベルトに装着した小型麻酔銃がちらりとのぞく。
『これまでのところ、ドクター海部の精神は安定しているようだ。だが200年ぶりに生身の人間に出会うことで、一時的な錯乱状態にならないとも限らない……万が一、彼が暴れるようなことがあれば、これを使うように』
上官からはそう言われた。しかし、先ほどの会話を思い返すかぎり使用機会はなさそうだ。
最後にクセのあるショートヘアを撫でつけると、私はハッチのロックを解除した。
ノスリ号は、まるで200年前からやって来たタイムカプセルだった。
驚くほど狭い居住ユニットの壁を埋め尽くす、古びたモニタや計器類。補修の繰り返された配管やケーブルの束。そして200年間再利用され続けた空気。
「やあ」
それらに取り囲まれて、海部さんが立っていた。
彼が思ったよりずっと若いので驚く。だが実際若いのだ。33歳で出発し、旅程の大半を凍眠して過ごしたのだから。
頬はこけ、長身の体は痩せてあばらが浮いている。予定より早く目覚めたため、食料を切り詰めざるを得なかったのだろう。
って、あばら?
「……」
私は目をしばたいた。
骨ばった肩、薄くなった胸、へこんだ腹、そして――いや、もういい。
とにかく、彼は全裸だった。
「また地球人に会うことができて、本当に嬉しいよ。素晴らしい気分だ」
爽やかな笑顔で、ぺたぺたと近づいて来る。
「ハグしても構わないかな? ぶしつけで悪いけど、実感が欲しくて」
そういって彼は、思考回路がショート寸前の私を力強く抱き締めた。彼の体温が、ダイレクトに伝わってくる……
とっさに、麻酔銃を抜いていた。
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