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セレニティ4に今、裸族がいる。
「全ての日本人は変態」と言ったのは三島由紀夫だったか。その代表ともいうべき男がセレニティ4のキッチンに入り、全裸で食べ物を温めている。
「あちっ、はねた!」
……いや、訂正しよう。全裸ではない。下着は穿かせた。
「まさか、牛丼が食べられるとは思わなかったよ」
食卓につき手を合わせる海部に、私は直立して謝った。
「先ほどは、大変失礼しました……!」
麻酔を打たれた海部は、きっちり10分間昏倒していた。あのときは軍法会議を覚悟した。
「こちらこそ無遠慮なことを。すみませんでした。人恋し過ぎて、取り乱してしまったみたいだ」
海部が苦笑する。まるで、今は取り乱していないとでもいうように。
上官には、海部を回収したことだけ報告した。報告した途端、向こうの人々の喜びが爆発してハグやらハイタッチやら始めたせいで、最重要事項は伝えそびれてしまっている。まずい。とにかく、状況を把握しなければ。
レトルトの牛丼を頬張る海部に、私は単刀直入に聞いた。
「ドクター、なぜ衣服を着ていらっしゃらないのでしょうか?」
「勲でいいですよ」
光栄な申し出だが、この状況では喜べない。
私が尚も問い詰めると、
「きっかけは、冷凍睡眠装置の故障かなあ」
海部は口元をぬぐって話し始めた。
「アラームが鳴り、僕はパニック状態で目を覚ました。急に覚醒させられたせいか、呼吸ができなくなっていたんだ。一時的な薬の副作用かもしれないね。僕は無我夢中で装置から飛び出すと、息苦しさのあまり凍眠スーツを全部脱ぎ捨てた。そのまま窓際にへばりつき、必死で呼吸しようとした……」
海部は遠くを見る目になった。
「その後、肺が空気を取り込み始めた。実際は一瞬のことだったのかもしれない。でも、ようやく息ができるようになったときの絶対的な安堵と解放感……。あのとき、『解放された心』と『脱衣した体』の状態がシンクロしたのかもしれないな。それから、僕は服を着る気が起きなくなった。もはや着衣が苦痛なんだよ」
話し終わると、海部は空のどんぶりを手に立ち上がった。私はそれを呆然と見上げた。
わけがわからない。要するに、薬のせいで頭がおかしくなったということなのか?
しかし、海部は狂っているようには見えない。ひげはきれいに剃られているし、髪もガタガタではあるが、自分で切ったようだ。私と同じく、海部も今日のために身だしなみを整えたのだろう。
その上での、全裸なのだ。
「……わかりました。ドクターの意思は、尊重します」
混乱しつつもそう伝えると、海部はにこやかに言った。
「ありがとう、君が来てくれて本当に助かったよ。宇宙服が着られないもんだから、船の補修をしようにも限界があってね」
「は?」
聞き捨てならないことを言われた気がする。まさか、ノスリ号が難破したのは彼の性癖のせいなのでは……
頭を抱える私に、おかわりの牛丼を持ってきた海部が言った。
「ところでジェイン、パンツのことなんだが」
「それは穿いていてください。迷惑なので」
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