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名前の刻印もない。落としたら、見つけることもできなさそうだ。それくらいありふれたデザインの指輪だった。
「手」
一言だけ口に出せば、朝佳が左手を差し出してくる。壊れないように細心の注意を払ってその指に触れて、薬指にシルバーリングを通した。
どんなことがあっても、こいつだけは守る。
誰に言うでもなく胸の内で誓った。神でも何でもいい。証人になるものがあるならそれでいい。
「手、だして」
同じように言われて、左手を差し出した。何だかんだと言いながら、同じようにやってくれるらしい。密かに笑っていれば、いつものように視線で咎められた。細い指先が俺の手を掴んで、ゆっくりと輪を通していく。
何度も俺を拒絶した朝佳が、やっと俺の手を取ったことを再認識した。浮かれそうになるのを堪えていれば、呆気なく指先が離れた。
「誓いのキスとかやっとくか?」
結婚式など開けないことをわかっている。朝佳も馬鹿じゃない。家に勘当されたまま、祝福を受けることなどできないことくらい承知の上だろう。それでも俺の手を取った。ただそれだけで十分だ。
「意外とロマンチスト?」
「さあ? 冗談にしといてやる」
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