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引き下がるように言った瞬間、不意打ちで朝佳に手を引かれた。
考える間もなく頬に何かがあてられる。一瞬でほどけた熱に、朝佳が小さく笑っていた。
「は……?」
頬にキスをされたらしい。唖然としてしまった。
「帰る」
先に歩き出した朝佳を視界の端に捉えながら、さっき触れられた頬を指先で確認している。
叫びだしてしまいそうだ。この感情をどうしたらいい。ゲームなら、常に俺の負けだろう。
「春哉、行こう」
呼びかけられて、一歩を踏み出した。負けっぱなしでも良いと思えた。だから、ここにいる。
* * *
勤務を終えて、朝佳を迎えに行く。
いつもと変わらない道を歩いて、朝佳のバイトさき近くのローソンの前につく。清々しいくらいに寒い朝だ。
暇を持て余してスマホを開く。そこにまた慎之介からの連絡が来ているのを見て、返信した。
慎之介とは一週間後に会うことに決まったらしい。早々に返事を打ち終わってから、今度は今までこの携帯から一度も連絡したことのなかった連絡先にメッセージを飛ばした。
“今日振り込んでくる”
簡潔に打ち込んで飛ばしたメッセージにすぐに返信が来る。
まさか、来るとは思っていなかった。
呆気に取られつつ流し見て、ゆっくりと息を吐いた。
“行って来い”
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