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「行くか」
どうしようもない弟に、兄は何一つ言わなかった。その金が何のために必要なのか、いつ返済されるのか、何一つ聞かずに車を発進させる。俺の尊厳を真綿でくるむような、遠まわしな気遣いだ。
はじめから俺をどうにか助けてやろうとしてくれていた。気付かなかったわけじゃない。あのクソみてえな家の中で、この男だけが唯一俺を俺として認識していた。
「兄貴」
久々に呼んだら、クソみてえに目頭が熱くなった。それが何なのか考えたくない。絶望ばかりに目を向けて勝手に腐っていた。そんな俺を、兄は見放すことなく、ずっと気にかけてくれていたのだとしたら。
「どうした」
「悪かった」
その言葉で、俺の今までの何が濯がれるのだろう。馬鹿だと思った。心底どうしようもない男だと罵られたかった。もっと見落とすべきじゃないものがあった。
「なんだいきなり、らしくねえな」
兄は、怒りも笑いもしなかった。ちらりと俺の方を向いては気遣うように眉を下げて、「大丈夫か」と声をかけた。月並みな言葉にも瞼が熱くなる。本当にらしくない。
じっと瞼を擦りあわせて衝動に耐えていれば、兄は「頑張りすぎてんじゃないか」と言葉を打った。
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