スーサイドリスト 「非日常のエモーション」

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帰りの電車内は、大学生が占拠していた。 近隣の大学で、ちょうどサークルか何かのイベントが終わったところなのかもしれない。今から居酒屋にでも行くのだろう。自分とほとんど似たような服装をしているそいつらは、春からの履修について文句を口遊んでいる。 その光景すらら酷く遠くに見えた。 もうずっと昔の記憶のように思えて笑えてくる。 退学扱いになっているのかどうかすら定かではないが、春からの講義に行かなければ、黒木と縁が切れた俺は自動的に退学になるだろう。 朝佳の学費を払いながら、俺の学費まで出すのは不可能だ。 朝佳は特待生として学費の一部免除を受けているらしいから、朝佳だけでも卒業すればいい。 学期が終わる際にかなりの優秀な成績を修めていれば学費が全額返金になるケースもあるそうだが、極めて稀な上に不確定要素が多すぎる。 生活は苦の連続だ。 金がなければ、維持できない。労働の苦しさを知らずに親の金で通う大学への文句を吐き続けていた自分が浮かんで、かき消した。 運命の人に出会えた幸運な人なのだと夏目は言った。瞼の裏に、朝佳の呆れ顔が透けて見える。 お前に出会えた俺は幸運な人間らしい。 そんなことを言ったら、朝佳は間違いなく呆れてから、気持ちが悪いと詰るだろう。 このゴミ溜めのようなクソ人生の中で、アイツに出会えたことだけは、永遠に大切にできる。 安物の指輪をなぞっているうちに、ふいに朝佳が正式に俺の嫁になった日のことが思い出された。 何度思い返しても笑えるのは、この記憶が、俺にとっての大切な思い出になっている証拠なのかもしれない。
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