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部屋についたら、玄関に、当然のように朝佳のパンプスがきっちりと並べて置かれていた。それだけで肩の荷が下りる気がする。
まだ朝佳が俺の目の前に存在しているのかを確認するのが、一種の癖になっていた。女々しい事情は、本人には一度も話していない。今後もないだろうと思う。
無言で靴を脱いで、朝佳のパンプスの横に置いた。
なるべく綺麗に置きながら、あの男が吐いた朝佳への評価を思い返してしまった。
『——その金で堕胎させろ』
ばかげている。すぐに頭から引っ込めて、立ち上がる。
朝佳はそんな女じゃない。
あの路地裏で、俺のために必死になっていた。どうみても状況が悪い中で、必死に声をあげていた姿が脳裏にチラつく。
あの瞬間の朝佳を侮辱できる人間がいるのなら、そいつはどれだけ高貴な存在なのだろう。
それも、その侮辱一つでただのクソと同じだ。
誰一人朝佳を侮辱できないはずだ。一人で憤ってから、ゆっくりと息を吐き出した。
リビングに入れば、朝佳がソファに座ったまま、こちらを見ていた。
目があって「ただいま」と言えば、当たり前に「おかえり」と返ってきた。
このクソみたいな部屋の中で、それだけが救いだった。
朝佳の視線が俺の手にある紙袋に注がれている。すぐにそれが何だか察したようだった。
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