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立ち上がって、それでもこちらまではこない。何をどう繕えばいいのかわからない子どものような顔だ。
「朝佳」
どうやれば安堵させられるのか、わからない。ただ呼んで、視線が絡んだ。何も心配ないとか、大丈夫だとか、そんな言葉がただの慰めでしかないことくらいよくわかった。
「兄貴から借りた。ちゃんと返す。……二人でなら、すぐ終わるだろ」
だから、馬鹿正直に言って、朝佳の前に立った。俺の言葉に、朝佳がぎゅっと瞼を瞑った。
「お父さんとは……」
「家は出る」
兄に借りた時点で、その意味に気付いていたのかもしれない。俺と親父の確執については、あの薄気味の悪い男にでも聞いているのだろう。朝佳が苦しげに眉を寄せた。こいつはおそらく、俺が黒木を継がないことになるのを恐れているのだろう。
もしかしたら、家族らしい家族になることを諦めてほしくないのかもしれない。
「朝佳」
「なに」
「地位とか権力とか、そんなもん、俺はどうでもいいんだよ。——お前が居れば、それでいい」
「お父さんは何て?」
「さあ」
あんな言葉、口が腐っても言いたくない。俺の声を聞いて、朝佳が言葉を喉に詰まらせてから「教えて」と言った。
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