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「どんな言葉でもいい。教えて。どんな言葉でも受け入れる」
「あんな男の言葉なんてどうでもいい」
「良くない。春哉のお父さんだから。ねえ、言って。どんなにひどくても良い」
「俺が言いたくねえんだよ。それだけだ。……朝佳、頼む、引け。思い返すと殺したくなる」
「……わかった」
語気が荒っぽくなってしまったのが自分でもわかる。朝佳は俺の表情をじっと眺めて、結局引き下がることに決めたようだ。
その声色は、自分が何を言われているのか、ほとんど理解しているような音だった。
「抱きしめていいか」
たまらなくなって、目の前の体を抱きしめる。
朝佳の存在が、ここから消えてなくなりそうで怖いなんて言いたくない。
言いたくないくせに、思考をぐるぐると巡っている。
朝佳の返事を待つ前に抱きしめた俺の背に、女の細い腕が回った。それだけで、なぜか俺は、もう死んでもいいと思った。
こいつのために死ねるだなんて狂ったことを思って、呪文のように「お前だけいればいい」と胸の内に呟いた。
「勝手に触ったし、殴っとくか?」
気を鎮めるように言えば、朝佳が耳元で笑ってくる。このささやかな温かさのために、俺は何でもできると思う。
「本当、ばかじゃないの。私たち結婚すんでしょ、何したっていいんじゃない」
妙に吹っ切れた朝佳がけらけらと笑っていた。
抱き締める腕の力を抜いて真正面から見つめれば、同じようにやわらかな視線が返ってくる。
数時間前に朝佳の告白を聞いたことを思い返して、今更に胸の内が震えていることを感じた。
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