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Episode.0
街中にある学校の屋上。そこから見下ろせる風景は茜色に包まれていた。そして、その色は今、屋上に立っている僕と、錆びた柵の向こう側で僕を見つめている彼をも包んでいた。
丁度、何かの合図かのように5時の町内の音楽が流れる。少しノイズ混じりの音楽に彼は聴き入ると、その小さな口をゆっくりと開いて言葉を発した。
「生太(しょうた)。もう、僕を自由にさせてくれないか?」
テノールのような柔らかなトーンで流れるその言葉一つ一つが、今の僕にとってはそんな甘いものではなかった。僕も言葉を発する。
「なんで、、、なの?そんな、、、ねぇ、君が死んだら僕はどうすればいいの、、、?」
彼と比べると情けない言葉が口からこぼれ出る。俗に言うコミュ障の典型的な言葉を彼は聞き入れると、僕にいつもと変わらない穏やかな顔を僕に向けて言った。
「まずなんでという問いについては、それは君の推理に任せるよ。何せ君は、『自殺探偵』という異名を持つからね。そして、僕が死んだ後の問いについて言うなら、後追い以外なら何をしてもいいとは思うよ」
この状況で平然と語られる彼に、僕は少々畏怖を感じた。もう、自分の死を受け入れているかのような。死への恐怖心が一切ないような。彼の目は、いつもと比べても明らかに澄んでいた。
「ごめんね、生太。もう、後戻りはできないんだ」
「ねぇ、、、考え直そうよ、、、なんで君が、、、有馬(ありま)君が死なないと駄目なの、、、?」
彼、有馬君はこの時初めて僕に微笑んで見せた。僕は瞬間的に悟った。時間がない、ということを。
僕は屋上のコンクリートを蹴り上げた。夕日の前に立つ有馬君に必死に青白い手を伸ばす。有馬君はそれには無反応で僕にこう告げる。
「僕が死ぬことで何が起こるかは、その目で確かめてよ、『自殺探偵』生太」
僕は彼に手を伸ばし、彼を捕らえようとし彼を掴もうとすると
僕が掴んだのは、彼がさっきまでいた空虚だった。
彼は、茜色の世界に飲み込まれてしまった。
僕は、その場で崩れ落ちると、ただただ泣き叫んだ。歪んだ視界の奥で、茜色が失われていくのがわかった。
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