~想い想われ振り振られ

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「喉に良いから、朝と晩に飲ませてあげてね」 リセは禿に煎じ薬を渡して、女たちを待たせてある広間に戻った。 そこから、きゃあ、きゃあと、何やら華やいだ声が回廊まで漏れ聞こえていた。 「なぁに?異人のお兄さん、平戸からうちらに会いにわざわざ来てくれたのぉ?」 朗らかに笑んで浩竜の顔を不躾に眺めまわしているのは、男に甘える術に長けた女。 「いけないわ。この(ひと)は、おリセちゃんのいい人じゃないの?」 群がる女たちを窘めているのは、男を甘えさせる癒しの女郎だとして人気が高い。 「あははっ、まっさかぁ。あのおリセちゃんに?それこそ無いわよぉ。ねぇ?」 バンバンと、豪快に浩竜の背を叩いて快活に笑う女は、廓一の器量良し。なのに高嶺どころか気安い女というので定評があった。  何処においても目を惹く男、鄭浩竜は、女たちにまたしても囲まれていた。リセに気づくや、浩竜は女たちの輪から抜け出して来る。 その至極苛立った様子に、リセは思わず及び腰になった。 「お前は医者だろう?不養生が過ぎるぞ」 火傷したリセの手を掴んで、浩竜は舌打った。 適切に処置は施してある。 これで何ら問題はない筈だが、浩竜は納得いかない様子にあった。 それよりも――。 「見ていたの?」 「あそこまでする必要があったのか?」 「……」 必要かどうかなど考えていなかった。 少しばかり頭に血が上った。それだけだ。 寧音を大事に想う者は確といると、知らしめたかった。 「やっぱり馬鹿だろう、お前」 浩竜は苦々し気にリセの掌に目を落としている。 案じたその目が(くすぐ)ったくて、妙に気恥ずかしい。 「こんなものは舐めておけば治る程度のことよ」 リセは浩竜から己の手を奪い返して、後ろ背に隠した。 「それでもだ。リセ、己を厭えない医者など説得力を欠くぞ」 浩竜の目に、寧音を想う己の心が重なった。 嗚呼、どうやら浩竜にとって、リセは蚊帳の内なのだと知る。 「分かった。これからはちゃんと厭うから安心していいわ」 リセは胸に手を添え請け合った。 その分かっているのか分かっていないのか、分からぬ顔に向けて浩竜は小さく息を吐いた。 「でもね、あれで寧音さんが前を向けると言うなら御の字なの」 リセは肩を竦める。 この程度のことではすぐに覆るということをリセは知っていた。 「キセルや酒の依存性は手強いものだから……」 暫く通うことになるだろう。 「ふふっ、お代は笛の音になるわね」 リセは憂いた表情にも少しばかり笑みを零した。 「そんなにいいのか?」 「ふふっ、浩竜も一度聞いてみればいい」 浩竜としては、その誇らしげに推したような目が憎らしい。 「俺が興を引いてるのはお前だけだ。リセ、覚えておけよ」 リセの頭を小突いて、浩竜は船頭の仕事に戻っていった。 その後ろ背を見送りながら、リセは知らず笑みを零していた。  どうしてこうも浮いた心地になるのか? リセはこれまでに覚えのなかった心を測りきれないでいた。
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