~生きるも死ぬも縁の内

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 荒い足音で、長屋に走り来る者がいる。  その気配に気づいたリセは飛び起き、薬箱を手にした。後れて、荒々しく戸が開け放たれる。 「て、ていへんだっ!!!」 昼間に来た廓の下男だ。 どうしたことか、殴られたばかりの痣を幾つも(こしら)え、酷い有様にある。 その状態で此処まで走って来たのか、彼は息を切らせて倒れ込んだ。 「浩竜、岡場所まで乗せて!」 男の説明を聞くよりも早く、リセは動いていた。 「あなたはそこで待っていなさい!」 戸に寄り掛かって、無理に立とうとしている男に命じて、リセは船着場に急いだ。 砲弾のように走るリセの後ろ背に向かって、男は声を張った。 「お、お香を助けてやってくれっ!!!」 リセを追い抜き、浩竜は先に船着場に辿り着く。 舟が出せるように舫を外し、リセが飛び乗る頃には既に川辺を離れていた。 「何が起きた?」などと、浩竜は悠長に訊かない。 リセに殺気に似た焦燥感を感じながら、ただ黙したままリセを逸早く岡場所に連れて行こうとだけ動いた。 そうこうするうちに、岡場所近くの船着場に辿り着いた。 「ありがとう。浩竜は戻って、彼のことをお願い。酷い怪我だったわ」 確かに無理に動こうとしていれば、危険だろう。 医師の顔をしているリセと僅かに視線を切り結び、何も語ることなくそれに従って浩竜は岸を離れた。  リセの背を見送りながら、リセの身の置く場所はやはり難儀な場所だと、浩竜は哀れにさえ思う。  それでもリセを突き動かすものが何なのか、浩竜はそれを見極めようとしていた。
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