62人が本棚に入れています
本棚に追加
「火の手も上がらぬのに……町奉行が動き始めた」
こうも動きが早いのは、裏切者がいるか、あるいは――。
「付け火衆が下手を打ったな」
女頭に冷ややかな目を佐次は向けた。
付け火衆は女頭と同門にある一派だった。
「……」
女頭は佐次や鉄錆と同郷のものではなかった。
「――にしても、動きが速いな。あの女にしてやられたか」
その通りだった。
リセは奉公する小僧に小銭を掴ませ、町奉行宛に文を走らせておいたのだ。
佐次はリセの眼を思い出し、執着心を燻らせていた。
──凡庸な町医者を装っていたが、眼光だけは隠せるものではないからな……。
「出直すしかないな」
女頭の声に佐次は思考を中断した。
「まさか、冗談だろう?同心殺しも任務の内だ。続行に決まっている」
女は抱けない、殺しはお預けでは何をしに来たのか分からないと、佐次は嫌味ったらしく首を振る。
「くくくっ、それとも、頭が直々に侍ってくれる気か?」
威圧感を纏って佐次は女頭に詰め寄った。
「くノ一とは何たるか、あんたは十分に仕込まれている。そうだろう?」
くノ一――重ねれば『女』になる。
「女は大人しく男に重ねられておればいいのよ」
佐次に詰め寄られ、女頭は拳を握り込む。
ここで怯めば相手の思うツボだ。
「言葉が過ぎるぞ、佐次っ!」
鉄錆が抜け忍の始末をつけて戻ったことに、女頭は内心で胸を撫で下ろしていた。
「早かったな」
目障りだと言わんばかりに佐次は目を眇めた。
「潔く自刃したからな」
「あの女が自刃?」
佐次は違和感を覚えた。
『潔い』――その言葉に違和感はない。あの目はそういう者の眼だ。
なのに何かが違う。
違うと、佐次の第六感が告げていた。
「――確かめる」
言うや佐次は持ち場を離れた。
「お、おいっ!」
最早、鉄錆の咎める声は闇の中に霧散しただけだった。
最初のコメントを投稿しよう!