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第一章 生と死の狭間で
時は慶長十九年の春、江戸幕府の治世に移って間もない頃にある。
将軍のお膝元、江戸の下町である深川にて町医者を生業にしている娘がいた。
娘の名をリセと言う。
「おリセさんっ!てぇへんだ!おトキさんが産気付いた!」
剣幕を帯びて診療所を訪ねたのは、船宿に丁稚奉公する辰之助。
トキというのは、その船宿のほど近くにある鍛冶屋の女房だった。
その言葉にリセは憚ることなく舌打ちを打つ。
「あれほど無理をさせるなと言っておいたのに――」
やはり診療所に詰めさせるべきだったと、嘆いたところで後の祭り。
リセはいつもの薬箱を背負って、辰之助にトキの元へと案内させた。
「う、産まれるのかな?」
年端のいかない辰之助は無邪気に期待で口元を綻ばせるも、リセはまるで浮かない顔だ。
「産ませちゃいけない。まだ早い……」
トキは元々ふくよかな女であるために、見目だけは臨月を迎えているかのようだが、実はそうではない。
先日の診察の折に、妙な出血があったと聞いて、安静にしているようにと告げていたのだが、既に二人の子を持つトキが安静になどしていられる筈が無かったのだ。
リセは先日のトキの笑顔を思い起こしていた。
『あははっ、子を産むたびに目方が上り調子でね』
トキのおおらかな笑みは、きっと、子を産むたびに福を蓄えてきたのだろうと、リセには思えた。
「おトキさんにとっては慣れたことでしょうが、腹の子にとっては初めてのこと。おトキさんが急いて動けば、子も慌てます。ゆっくり、のんびりと欠伸でもして暫くお過ごしください」
とは言え、いつもせわしなく働くトキにとって、動くなというのは大そうに苦痛なことの様子にあった。
お腹の張りを抑える薬を煎じながら、せわしないトキの気性を抑えるように、リセはゆったりと話をした。
「ゆっくりと、腹でも擦って子守唄を歌ってあげればいい。なぁに、無事に産まれれば忙しいばかりなんだから」
工房で働くトキの亭主にも苦言を呈したのだが、愛想のよい女房とは違い、何とも寡黙な男で、要領を得たのかどうかさえ判然としない。
出産は女子ごとだと思うのが男の常だ。
それも致し方がないのかもしれないと、リセは肩を落としたものだった。
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