45人が本棚に入れています
本棚に追加
日比野が自分の酒を注ぎながら、ブツブツと漏らす。
「なんだよあの道端とか言う奴、ふてぶてしいと言うか偉そうに腹が立ちますね。失礼な奴ですよ、全く」
「はい、申し訳ありません。道端兵曹長殿はあの調子ですから、摩耶艦内でも若干変わり者で通っておりまして……ご気分を害されたら代わりにお詫びします」
ひとりの青年兵員が頭を下げた。
「いや、構へん。ところで酒屋、さっきの奴に敵も撃てない腰抜けと馬鹿にされとったけど、どういう事や?」
言いにくそうに顔を伏せ黙り込む野本。本人の口からは話し難いだろうと、そんな野本の心中を察した同期の兵員が代わりに話し始めた。
「こいつ砲雷科におったんです。ある日、高角砲で撃ち落とした戦闘機に乗ってた米兵が、目の前で苦しそうに泣きながら息絶えたそうなんです。それ以来、敵を撃てなくなってしまって」
また別の兵員が俯く野本の頭をポンと叩き、優しく声をかけた。
「で、精神叩き直したる言うて、こっ酷く上官に絞られた際に足を痛めまして、今は主計科に配属されて炊事場でカレー作ってるんです」
同期の話を目に涙を溜めながら、野本は黙って聞いていたが重い口を開き話し出した。
「その米兵……死ぬ間際に胸元から、母親と妹らしき女の子が写った写真を取り出して涙を流すんです。それを見て私と全く同じだと思ったんです」
固唾を飲んで野本の話に聞き入る。
最初のコメントを投稿しよう!