第26話 儀式

1/1

24人が本棚に入れています
本棚に追加
/32ページ

第26話 儀式

 俺は手元に視線を落としたまま、ありありと浮かぶ光景、記憶を打ち消すように女に向けて声を荒げた。  「そんなの聞けばいいだろ!! 本人に……」  皮肉を込めたように言ったものの本心では怖かった。  この()におよんでも、この女の能力とでもいうのか、その言動が単なるオカルトチックなまやかしだと思いたかった。  女が駆け寄って来る気配がした。 「聞けないんです。もう、そんな状態じゃない。話しができる状態じゃないんです。顔だってよく分からない」 「顔が分からない? って何だよ。さっき……写真……見て言っただろ?」  名前を口にするのが(はばか)られ、“美樹の写真”とは言えなかった。 「そういう、なんというか、自分の存在を(うった)えかける思念(しねん)みたいなものが伝わってきただけです」  そう言って女がステージを振り返る気配がした。 「姿ももう……人の形はしてるんですけど……」  そう言い淀んだ後、何かを理解したように女が言った。 「そうか……自殺……自殺したんですね?」  そして、ステージの方へ女の声が遠ざかっていった。 「まずいな……ちょっと、やってみます」  やってみます? 何をやるというんだ――?  俺がおそるおそる顔をあげると、女はこちらに背を向けたままテーブルをひきずって移動し始めていた。 「人が入ってこないようにしてください! 看板(かんばん)を消して、鍵もかけて!」  言われたとおりスイッチを切ろうとラックの(そば)に行くと、アンプの上のフォトフレームが視界に入った。その写真の中の人物はまっすぐ俺を(にら)みつけているように見えて、俺は息をのんだ。  ドアの外にかけた『OPEN』の札を『CLOSE』にしようと、ドアに駆け寄りノブを回した。 「開けないで!」  女が声を上げたので俺は(あわ)てて閉めた。  まずかった? 大丈夫か――?   俺は確認するように女を振り返ったが、女は(うなづ)いただけだった。このまま逃げ出したかったが、震える手でドアに鍵をかけた。 「早く戻って!」  女はこれまでとはうって変わり、鬼気迫(ききせま)るような雰囲気を放っていた。  俺はいつの間にか女が命令口調になっているのに気づき、それを少し不愉快(ふゆかい)に思いながらカウンターに戻った。  この期におよんでも俺は女を疑いたかったが、麻衣の件といい、この女の言動や振る舞いが、ある程度事実を把握(はあく)しているものであったため従っておくことにした。  女は、ちょうど俺とステージの中間あたりにテーブルを並べて配置すると、その上にバッグから出した数珠(じゅず)やら蝋燭(ろうそく)やら札のようなものをいろいろと並べはじめた。 「まずいなぁ……」  女が(つぶや)いた。 「なんだよ。どうしたんだよ」 「いえ、怒りの念が…… あなた、いったい何をしたんですか?」 「な、何もしてないぞ、俺は……」  そうだ、俺はただ結婚を暗に(こば)んだだけだ。  それの何が悪い?  死んだのだって美樹が自分で選んだことだろ?  俺は(うら)まれるような事をしたか?  いやしていないぞ。  俺はただ、結婚するつもりはない、という意思表示をしただけだ。  女は、数珠(じゅず)(から)めた右手を額の上あたりに(かか)げて言った。 「そこから絶対動かないでください! 私が、いい、って言うまで!」  俺は無言で(うなづ)固唾(かたず)を飲んだ。
/32ページ

最初のコメントを投稿しよう!

24人が本棚に入れています
本棚に追加