第3話 僅かな違和感

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第3話 僅かな違和感

 俺の店は、ライブバーとは(うた)っているものの、小さなステージでドラムセットなどを置くスペースはない。アコースティックギターでのデュオがせいぜいのサイズだ。  出演者はサークル時代の後輩の伝手(つて)の、金のない学生がほとんどだったので、ブッキング料なども取れず、それを聴きに来る客もそのまた伝手の学生たちなのでオーダーも(ひか)えめだった。  そんな感じだったので、最初のうちはまだ良かったが、面子(めんつ)がある程度ローテーションしてしまうと、次第に客が入らなくなっていった。  金曜の夜や週末はまだサラリーマンなどの社会人がちらほら入ってマシだったが、平日は全くダメだった。  そのうち出演者の方も、バンドの方が(いそが)しくて……、などといいわけめいた事を言って離れていった。  そんな状態だったので、開店から一年が過ぎた頃には父の保険金がどんどん減っていき、週に4日は昼間にバイトをし、夜に自分の店で働くという状況だった。  しかし、経済状況を(おぎな)おうと頑張れば頑張るほど、経営状態が改善されるどころか中途半端な開店休業と相まって、精神的にも体力的にもきつく(・・・)なっていった。  そんな状態で2年目を半年が過ぎた頃、商店街の連合会の知り合いのアドバイスで、経営戦略(けいえいせんりゃく)を考える余裕(よゆう)を持つためと店に“(はな)()える”ために女性のバイトを(やと)うことにした。  そうして、数少ない店の客で当時まだ大学三年生だった美樹(みき)を雇った。  俺が店に貼っていたバイト募集の貼り紙を見た美樹が、やりたい、と言い出したのだ。  美樹が最初に俺の店に来たきっかけは、学生どうしの付き合いでライブの客としてで、それからいつの間にか、たまにふらっと一人で来るようになっていた。  容姿に関してはいたって普通としか言いようがない感じだったが、どこかかげ(・・)のようなものがあって、ライブバーでバイトをしたいと自分から言うのは、正直、意外だった。  後から知ったのだが、幼い頃に親に捨てられ施設(しせつ)で育って身寄りもないらしく、そのせいか、自分には何か欠けていると感じていたようで、自己評価が低いとでもいうのだろうか、そんなところのある女だった。  だが、かといって、それが接客に支障が出るというほどではなかったため、俺は美樹を雇うことにした。  × × ×            黒いワンピースの女は、店内をチラリと見回してから、ふと目を閉じた。  俺と木村が怪訝(けげん)な表情を向き合わせていると、女はすぐに目を開き、何かを見つけたようにこちらを見据(みす)えてまっすぐ歩いてきた。  女は、木村とひとつ席を空けたスツールの前で立ち止まると俺を見た。  近くで見ると、その表情にはまだ幼さが見て取れた。  女は、目の前のスツールを指でさした。 「すみません。ここよろしいでしょうか?」  まだ十代のようにも見えるその女は、その表情とは裏腹に大人びた所作(しょさ)物言(ものい)いだった。  俺が逡巡(しゅんじゅん)していると、気を()かせたように木村が女に言った。 「いや、だからまだ店開けてないって……」  そう言いかけた時だった。  突然、スーツケースが倒れて音をたてた。  木村がビクッとして(あわ)てて(かたわ)らを見下ろす。  俺はその瞬間を目撃したのだが、明らかにスーツケースが自ら(・・)倒れたように見えた。  木村が怪訝(けげん)な表情を浮かべながら、スーツケースを起こそうとスツールから降りた。  やはり床が(かたむ)いてきているのか? そうだとしても、あんな倒れ方……?  ここ半年くらいだろうか、たまにこういったことが起きていた。  ただ、不可解(ふかかい)なのは、それが決まった場所ではなく、店のあちこちで起こっていたことだった。  最初はちょっとした店の物が、なんか移動しているかな……、という程度だったのだが、最近では明らかに椅子(いす)やテーブルの角度が変わっていたりステージの方へ移動していたりしていた。
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