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「すみませーん。こっちにビール2つお願いします」
カウンター席に座っていたあたしは、近くを歩いていた店員に声をかけた。
「はいっ。少々お待ち下さい」
店員が笑顔で応える。
「あ、枝豆もっ」
「はいっ。かしこまりました」
店員が軽やかな足取りで厨房に入っていく。
ここはとある居酒屋。
ガヤガヤ賑わう店内。
焼き鳥の焼けるいい香りと白い煙。
「スクールカウンセラー?」
渚が、目を丸くしてあたしを見た。
「なにそれ。どういう仕事?生徒の人生相談みたいな?」
「うん。まぁ、そういうカンジかな。人生相談っていうか、生徒達の悩み相談所みたいなさ。ずっとその仕事を希望してたんだけど、なかなかなくて……。やっと赴任先の学校が決まってよかった、ホント」
あたしは、しゃべりながら焼き鳥を口に入れた。
「へぇー。それで弥生、心理学専攻してたんだぁー」
「うん。まぁね」
渚は、大学で知り合った友達。
お互い明るい性格で、すぐに気が合って仲良くなったんだ。
卒業して数年経った今でも、こうしてちょくちょく2人で飲みに来たりもするの。
でも、ここ最近はちょっとバタバタ忙しくてあんまり会ってなかったんだ。
今日はあたしの転職が決まった報告がてら、久々に2人で飲みに来たの。
「渚は?最近どお?」
「うーん。相変わらず。はぁーあ。あたしはせっかく大学出たのに、結局販売員だもんな」
渚が肩をすくめた。
「弥生は偉いよね。元々これからやる仕事をやりたいっていう目標があったんでしょ?ホントすごい。卒業してからも仕事しながらずっと心理学の勉強してるって言ってたもんねー。なんの資格取ったんだっけ?」
「臨床心理士」
「臨床心理士かー。なんかカッコイイもん。あたしは、なーんも考えずに半分遊びに行く感覚で大学入ったからさー。ま、入るまでは猛勉強したけどねー」
ガックリしてる渚を見て、あたしはちょっと笑った。
渚は、飾らず気取らず正直だからあたしは好き。
ちょっとあたしの倍くらい楽天的すぎるところはあるけど、楽しくてとってもいいヤツなんだ。
「お待たせしました、ビールと枝豆です」
テーブルの上に、キンキンに冷えたビールが置かれた。
「とりあえず、もう1回乾杯しよっか。弥生の念願だったスクールカウンセラーデビューに」
「ありがとう!」
あたしは渚は、笑顔で乾杯した。
赤羽弥生、26歳。
あたしは、この春からスクールカウンセラーになる。
悩める学生達を救いたいなんて、そんなおこがましいことは言わない。
ただ、あたしは彼女達の……彼ら達の心の声を聴いてみたい。
単純にそう思ったのだ。
高校1年のある夏の日。
屋上から飛び降りたクラスメートの気持ちを、あたしは理解することができなかった。
今でも、自ら命を絶つということなんてあたしには考えられない。
だけど、みんな心のどこかでなにかを求めている。
叫んでいる。
そんな、心の叫び……人の心に触れてみたい。
少しだけでも、その人の心の痛みを共感できたら……。
ほんの少しでも、なにかが変わってくる可能性もあるかもしれない。
あたしは、その心に迫ってみたい。
うつむいているその人を、笑顔にしてあげたい。
そう、思ったのだ。
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