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4
翌日の午後の授業時間。
あたしは、名簿に書いてある住所をたどって彼女の家までやって来た。
とある中高層マンションの4階。
あたしは大きく深呼吸をして、インターホンを押した。
ピーンポーン……ーーーー
チャイムの音が鳴り響くだけで、応答がない。
白石先生が言ってたとおり、誰も出てくる気配がない。
百瀬春子は、この家の中にいるのだろうか。
居留守を使って徹底的に家から出ないつもりなのか……。
あたしは粘り強く何度かインターホンを押した。
しかし、やはり応答がない。
前途多難だな……。
これじゃ、百瀬春子に会うことすらできない。
どうしたらいいんだろう。
困り果ててその場に立ち尽くしていた時だった。
廊下の突き当たりのエレベーターから、誰かが降りてこちらに向かって歩いてくる。
買い物袋を下げた中年の女性だ。
どうやら百瀬春子の隣の住人らしい。
その女性が、隣の部屋のドアの鍵を開けながらあたしに言ったんだ。
「そこの家、今は誰もいないと思いますよ」
「え?」
「そこの奥さんは早くから仕事に出かけるし、旦那さんは出張でずっといないし。娘さんが2人いるんだけど、上の子はもう独立してここにはいないし、下の娘さんはあたしが買い物に行く時に偶然ここで会って。どこかに出かけて行ったみたいですよ」
出かけた?
「あの……娘さん……春子さんはどこに行ったかなんて……わかりませんよね」
あたしがダメ元で尋ねてみると、その女性はドアを開け、一度荷物を玄関に置いてからまた出てきてくれた。
「あなた……学校の先生……?」
「はい、そうです。この春から赴任したばかりの新米なんですが……」
あたしがそう言うと、その女性が小さくため息をついてこう言った。
「ちょうどよかった。実は、あたしもちょっと心配してて。春子ちゃんのこと……」
「あの……。春子さんのことはよくご存知なんですか?」
「ええ。ウチも百瀬さんもずっとここに住んでてね。小さい頃は、春子ちゃんもよくウチに遊びに来たりしてたのよ。ウチにもね、春子ちゃんと同い年の娘がいるから。今はもう高校も違うし、遊んだりすることはなくなったけど」
「そうなんですか……」
「だけど。最近……ううん、もうだいぶ前からかしらね。春子ちゃん、学校行ってないでしょう?」
女性が心配そうな顔であたしを見る。
「あ……はい。実は、ちょっとそのことで今日お伺いしたんです」
どうやらこの女性、百瀬春子のことについてなにか知っていそうだ。
「あの……。なにかご存知ありませんか?春子さんのこと。どんな些細なことでもかまいません」
あたしの言葉に、その女性は残念そうな表情を浮かべ、深くため息をついた。
「近所でね、春子ちゃんのことがちらほら噂されてるのよ。あんまりいい噂じゃないのは確かね」
「……それは、どういう噂なんですか?」
「それがね、どうやらヤクザみたいなチンピラみたいな……なんだかちょっと怖そうな連中とつき合ってるみたいでね。マンション下にうるさいエンジン音をたてた車がよく迎えにきて、その車に春子ちゃんが乗って行くところをマンションの住人がけっこう目撃してるのよ。あたしも何回か見たことがあるんだけど……。春子ちゃん、高校生なのに制服も着ないで派手な服着て。大丈夫なのかしらって心配してたのよ」
ヤクザみたいな連中、派手な服……。
「どこに行っているかはわからないわ。でも、一緒にいる人達がちょっとチャラチャラした悪そうなカンジだったから……。あんまりよくない所に出入りしてなきゃいいんだけどね……」
「あの……。このことは、春子さんのお母さんはご存知なんでしょうか」
「それがどうやら知らないみたいなのよ。
ほら、春子ちゃん勉強できる子だったから。中学でも学年トップの成績で卒業してるし、高校1年の頃も学年トップクラスだったって聞いたことあるし。たぶん百瀬さんも真面目に勉強する子だと思って安心しきちゃってるっていうか……。百瀬さん、仕事から帰ってくるのもかなり遅いみたいだし……。きっと自分が仕事でいない間は、当然春子ちゃんはきちんと学校で勉強してると思ってるんじゃないかしら」
「そうですか……」
やはり、母親は気づいていないのか……。
よほど家でのコミュニケーションが取れていないってことだ。
おそらく、ほとんど顔を合わすこともないんだろう。
「春子ちゃん、昔は礼儀正しい素直ないい子だったのに。最近なら、バッタリ会ってもちょこっと頭を下げる程度で挨拶もしてくれないし。なんだか人が変わったっていうか……。まぁ、あたしが知ってるのはそれくらいね」
「とても参考になりました。どうもありがとうございました」
あたしがペコリと頭を下げると、その女性がちょっとにっこりしながらドアに手をかけた。
「先生も大変だと思うけど、あの子達にとって今のこの時期っていろんな面でとても大切な時期だから……がんばって」
「はいっ」
あたしが大きく返事をすると、女性は静かに玄関の中に入っていった。
これは、思ってた以上にちょっと厄介かもしれないな。
あの女性は、ヤクザみたなチンピラみたいな……と教えてくれたけど。
たぶんヤクザではないと思う。
百瀬春子と同年代の若者だろう。
高校中退者か、中卒でフラフラしてるヤツらか、または同じ不登校者か。
チーマー、ヤンキー、暴走族……。
差し当たり、どこかのゲーセンでたむろしてるってとこだろう。
これは、聞き込みで身辺調査をするしかないかも。
いったん出直しだ。
あたしは、百瀬春子のマンションを後にして学校に戻った。
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