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向かった先は街外れにある病院だった。そう、だった。今は誰もいない。数年前に潰れて建物だけが残っている。甘栗は手慣れたように病院の門をよじ登って入っていく。
「勝手に入ったら怒られるよ」
「怒られるって誰にですか? 誰もいないのに」
新の注意に耳を向けず、慣れた手付きで男子トイレの窓から侵入する。中から手を差し出し、仕方がなく新も中へ入る。当然、電気が通っていないので中は真っ暗だ。夜の病院というだけで不気味で怖く感じる。
「私、たまにここへ来るんですよ」
「ここへ? 何をしに来るんだよ」
「死にたくなった時」
物騒な発言に新は顔が引きつる。
向かった部屋は三階にある個室。ベッドがそのままになっている。
その部屋は月明かりが照らされて明るく感じた。歩いていたらいつの間にか外は暗くなっていた。
「確かこの辺にあったと思うんですが」
甘栗は棚の中をガザガザと漁る。中から救急箱が出てきた。
「ありました。さぁ、手を出して下さい。手当てしてあげます」
甘栗は手慣れた手つきで新と自分に消毒した後に包帯を巻いた。
「ありがとう。上手だね」
「まぁ、それなりに女子力はありますから」
冷めた口調で言う。どうも好きになれない口調に新は眉を細める。
「さて、話し合いましょうか。どうやって責任を取ってくれるか」
甘栗はベッドに腰掛け、腕と足を組んで偉そうに構えた。口が悪いと感じていたが態度まで悪いとなれば説教レベルだ。だが、新は何も言うつもりはない。誰かに注意されて勝手に苦労して頂きたい。
「君の言っている意味がまるで分からない。僕にどうしろと言うんだ。手当てをしてくれたことには感謝するが、こんな気味の悪いところに連れてきて何がしたいんだ」
「ここだったら落ち着いて話し合えるでしょ。公共の場で自殺について話し合っていたら通報されますし」
確かに甘栗の話には一理あるが、廃病院で落ち着いて話し合うには気味が悪い。患者が亡くなることもあるので幽霊とか住み着いているかもしれない。ちなみに新は死を目撃することはあっても霊感は一切ない。もしあったら呪われているかもしれないだろう。
「私たちが今いるこの廃病院。どうして潰れたか知っていますか?」
「突然なんだよ。知らないよ。初めて来たんだから」
「五年前です。この廃病院が使われなくなったのは。立地が悪く、外来もわざわざ来にくい理由は勿論ありました。でもそれだけじゃありません。ある不可解な出来事がこの病院の経営を悪化させたんです」
「ある不可解な出来事?」
「三〇四号室に入院した患者は必ず死ぬ」
甘栗の発言に新の眉がピクリと動いた。
「それだけじゃない。その部屋で死んだ患者はこの病院に住み着くと聞きます。直接呪われることはありませんがすべての部屋で幽霊を目撃することが後を絶たない。幽霊病院と言われ、この病院は廃病院と化しました」
「三○四号室って」
「はい。今、私たちがいるこの病室ですね」
新は血の気が引いた。振り向いたら何かが居そうな気がして動けなかった。
「なーんて。冗談ですよ。本気にしちゃいました?」
まるで嘲笑うかのように甘栗は新に言う。
「う、うるさい。何なんだよ。変なこと言うなよ」
「少し和ませようとしただけですよ。気になさらないで下さい」
新は全く和まない。むしろ変に怒りが湧き上がっていた。
「さて。冗談はさておき少し雑談をしましょう。ねぇ、新道さん」
急に真面目なトーンになった甘栗の様子に新は身構えた。
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