第一章 自殺同盟

9/14
前へ
/129ページ
次へ
「あの、考えたんですけど、美しい死に方は凍死だと思います」と甘栗は思いついたように発言した。 「凍死?」 「はい。身体も綺麗な状態で残りますし、眠ったように死ねます。雪山で遭難した人が十数年後に発見された時はミイラになっていることなく綺麗な状態で見つかったと聞いたことがあります。一種の冷凍保存のようなものです」 「そう、いいんじゃないか」と新は適当に答える。もう、甘栗の考えが分からない。 「あぁ、でもダメですね。私、寒いのが苦手だし五月まで防寒着をしているくらいですので」  死ぬのにそんなこだわりは捨てろと言いたい。確かに十月だと言うのに既にセーターやマフラーをしているので寒がりなのは本当だろう。 「じゃ、どうすると言うんだ。僕が手伝えることなんて何もないぞ」 「新道さんの役目は私の死を見届けてほしいんです」 「どうして僕がそんなことをしなくちゃいけないんだ。死ぬなら勝手に死んでくれ」 「私を助けた癖に随分冷たい言いようですね」 「あれは咄嗟に身体が動いたんだ」 「そうですか。でも、嫌じゃありませんか。一人で死ぬの。どうせ死ぬなら誰かに見届けてほしいんです。出掛ける時でも誰かに見送られた方が嬉しいでしょ?」 「いや、別に」  新は逝くとなく他人の死を見届けてきた。これ以上、見届けるのはたくさんだ。またしても死ぬ瞬間を目撃するのは耐えられない。だから新は死のうとしているのに。甘栗は新の気持ちなんて分からないだろう。いや、分からなくて当然だ。だって何も知らないのだから。知らないからと甘栗から無神経な発言が飛んでくる。 「新道さんは随分とつまらない人生を送ってきたんでしょうね」 「ぐっ……」  甘栗の言う通り、新のこれまでの人生は自慢出来るものなどないつまらないものだった。当然、新には否定するつもりはない。 「顔が死んでいますね。まるでゾンビのように」  追い討ちをかけるように甘栗は言う。もうやめてくれと新の心の叫びが聞こえる。 「知り合って数時間ですけど、新道新さん。あなたがどういう人なのか分かった気がします」 「何が分かったと言うんだ。君みたいな高校生に分かってたまるか」 「顔を見れば分かります。その人がどういう人生を歩んできたのか。おそらく新道さんは適当に生きてきたんだと思います。努力はせず、勉強を疎かにして受験に失敗。就職も適当にして踏み止まることせず辞める。自分は悪くないと周りのせいにして生きてきたんです。だからあなたは……」 「う、うるさい! 知ったような口聞くな!」  大声で怒鳴った時、甘栗は一瞬、口を閉ざす。それでも新は怯むことはなかった。 「ムキになるということは大方合っていると言うことですか」 「なんだよ。僕を下に見ているなら許さないぞ」 「別に下に見ているつもりはありません。私も同じようなものだから」 「そういえば、女子高生のままで死にたいとか言っていたけど、何か事情があるのか」 「聞きたいですか?」 「いや、別に」 「なら話しません」  咄嗟に否定してしまったことに新は後悔してしまう。女の子はお喋りだから勝手に話してくれるものだと認識していたようだが、どうやらそうでもないらしい。 「嘘ですよ。話したくない訳じゃありません。ただ、今は話したくない気分です。だからまた話したくなったら聞いてもらえませんか?」 「あぁ、分かった」 「ありがとうございます。代わりに新道さんのこと教えて下さい」 「僕の何が知りたいんだよ」 「そうですね。恋人はいないんですか?」 「いないよ。そんなの」 「今まで一回も?」 「あぁ、そうだ」 「じゃ、童貞ってことですか」 「関係ないだろう」 「勘に触りましたか?」 「別に。本当のことを言われてちょっとムッとしただけだよ」 「何だ。やっぱり怒ったんじゃないですか。私、何でも言葉にしちゃうからよく人を怒らせちゃうんです。口は災いの元って言うじゃないですか。まさに私にピッタリの諺です。だから無口を貫いた時期もありましたが、私らしくないって言われて戻したら同じことの繰り返し。どうしたらいいのか分からなくなっちゃいます」 「本当、よく喋るよ。お前」 「甘栗です。お褒めの言葉と受け取っておきます」  その後、しばらく無言が続いた。 月明かりが雲で隠れて真っ暗になった時、新は口を開く。 「さて、そろそろ家に帰ろう。家の人、心配しているだろうし」 「嫌です。帰りたくないです」 「じゃ、ずっとここにいるのか?」 「それもいいかもしれませんね」 「冗談だろ」 「はい。もう少しだけ一緒に居てくれませんか?」 「それは構わないけど、ここは気味が悪いよ。さっきの話も引っかかるし」 「さっきの話? 幽霊の話ですか?」 「言うな。意識しちゃうだろう」 「あ、新道さん。後ろ」 「後ろ?」 「何かいます。気をつけて下さい」 「へ?」  引きつった顔で新は後ろを振り返る。しかし、何もいない。 「引っかかった。引っかかった。騙されてやんの」  甘栗は腹を抱えながら笑う。 「ちっ」  新はドアノブに手を伸ばし、部屋から出ようとする。
/129ページ

最初のコメントを投稿しよう!

16人が本棚に入れています
本棚に追加