一枚の写真~アキノ

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一枚の写真~アキノ

昭和10年。日本は軍需産業で賑わっていた。 殊に広島県の呉市は海軍の軍港として鉄鋼、造船などの産業が栄え、またそれに引き付けられるように人々も集まってきていた。 広島の中心部からも山で隔絶された呉港は天然の要害でもあってそんなところにまるで砂漠に出現したバザールのように町が発展している様子は奇跡だった。 「近ごろ1号ドックで大きな船がこさえられとるようじゃが、あれはなんじゃ?」 上半身裸の屈強な男はそう言うと店から出て堤防に腰を掛けて汗をぬぐっている男に声をかけた。 店には「N海運」と書かれていた。 「そうよのう、こないだ進水した長門よりは相当大っきいけんね。」 長門というのは戦艦長門のことを言っているらしかった。 「それに今日も入れた鋼材の量も多かったけんのう。」 辺りは貨物船がぎっしり停泊していて、遠くにドックが夕日に照らされていた。 「お前ら、仕事は済んだんか?飯でも食わんか。」 と男たちが振り返ると、N海運の店先に今風のスカアトの上に着物を羽織った若い娘が立っていた。 くわえタバコをして目付きの鋭い、しかし美しい顔立ちの娘だった。 「おお!」 上半身裸の初老の男は隣の男に目配せすると 「アキノ」は今度、見合いをするんじゃ!と言って歩きだした。 隣の男は「ほう、お嬢が」と言って目をぱちぱちさせた。 「国鉄に勤める堅い人じゃよ」とN海運の経営者と思われる男は目を細めた。 「じゃが、あの口はどうにかならんかの、男のような。」 隣の番頭はそう言って笑った。 社長も 「仕方ないのう、こんな輩の中で育ってきちょるけん。」 と笑った。 1号ドックで作られているのは後に世界最大となる戦艦大和だった。 しかし、その船が完成する頃には、日本は第2次世界大戦に突入して行くのだった。 同じ頃。 満州国、大連の港に下り立った一群の乗客の中に一組の家族連れがいた。 (つづく) ©️2021 keizo kawahara
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