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ゆらゆらゆら。私は再び堕ちていく。
今度はハッキリと母の顔が浮かんだ。
お母さん、約束破ってごめん。悲しませてごめん。
何度も何度も心の中で謝りながら、揺らぎに任せて漂って、どこまでも堕ちてゆく。
今になって、母のもうひとつの言葉を思い出した。
『生きてさえいてくれればいいの。例えば揺がどこか遠くへ行ってしまって、会えなくなったとしてもよ。幸せに、生きてさえいてくれれば』
もしかしたら、彼の家族もそんな気持ちでいてくれたかもしれないのに。
それなのに結局、私が彼を泡にしてしまうなんて。
レイ、ごめんね。本当に、ごめん。
「揺!」
声に驚いた瞬間、凄い力で押し上げられていくのがわかった。しっかりと包まれながら、上へ上へ。
きっと、人魚だ。そう思って、目を開ける。
でも、彼には足があった。
海面から顔を出すと、私は何度も咳きこんでえずいた。溺れたせいと、嗚咽のせいと、両方で。
彼は私を抱えながら浅瀬まで導くと、目にたくさんの涙を溜めて言った。
「ごめん。ごめん……揺。全部嘘だよ。全部。……だから俺のことはもう」
私は力一杯彼を抱き締めた。悪いけどもう、どうだっていい。
彼が何者なのかなんて、どうでもよかった。
今、私が噛みしめることができるのは、彼がこの世にいるという事実だけ。
「レイ……良かった……レイ」
だけどやっぱり私は、きっと親切な、優しすぎる、お人好しの魔女のおかげだと思った。
だって私を包み込む彼の身体は、今とても温かい。
「ねえ、レイ。その髪、黒に戻してくれないかな。私、あなたの黒髪が好きなの」
この物語がハッピーエンドに向かうかは、これからの私達に懸かっている。
家族のこと、未来のこと、問題は山積みだ。
それでも私は、この恋をとことん信じようと思った。
だってこれは、彼が全てを懸けてくれた、大切な大切な恋だから。
おしまい
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