三日目、夏風邪は人魚がひく

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 少し薄めの味付けで卵粥を作った。魚介は一切入ってないので、リバースする心配はないだろう。 「お粥作ったよ。少し食べられる?」  小さな土鍋を枕元に運ぶと、彼はゆっくりと体を起こした。 「オカユってなんだ?」 「食欲のない時にも食べやすいように、柔らかく煮たご飯のことだよ。消化にもいいから」  土鍋の蓋を開けると、彼はうっとりと目を瞑った。 「ああ。……なんか懐かしい匂いだ」 「海の中でも料理ってあるの?」  自然にそんな質問をしてしまった自分にびっくりして、少し恥ずかしくなる。普通にもう信じてしまっているじゃないか。 「ああ。母さんがよく作ってくれた。人間が捨てていった大きな鍋で、いろんなものを混ぜていた」 「へ……へえ」  いろんなものを混ぜていた……。ちょっと怖い。 「いただきます……あ、あれ?」  彼はレンゲを持ってお粥をすくおうとするけれど、熱のせいで手が震えてしまうのか、中々上手くいかないようだった。 「……仕方ないなぁ」  食べたそうなのに、上手く口に運べないでいる彼がさすがに可哀想になり、私はレンゲを奪った。  小さな一口の量をすくうと、ふうふうと息を吹きかけてお粥をさまし、彼の口に近づけた。 「はい。……どうぞ」  異性にこんなことをしたことは初めてで、(悠くんとのシチュエーションならば脳内で50回くらい妄想したけれど)内心叫びたいほど恥ずかしかった。どっちが高熱なんだと思うくらい、自身の体温も急激に上昇する。 「ありがと……」  水野くんも、更に顔を赤らめながら、嬉しそうに笑ってそれを頬張った。  一生懸命お粥を食べる姿は、子供みたいで可愛らしかった。 「……今まで食べたものの中で一番美味い」 「……そりゃどうも」 「早く結婚したいな」 「頼むから考え直して下さい」  馬鹿なやり取りをしているうちに、あっという間に水野くんはお粥を平らげた。    空になった食器を洗いに行っているうちに、水野くんはまた眠ったようだった。 「……うーん……」  部屋に戻ると、また苦しそうな唸り声が聞こえた。心配になり、顔をそっと覗きこむ。タオルを替えるついでに、彼の額に手を当てると、やはり何故か冷たい。こんなに熱そうなのに、どうして?  ……やっぱり、人魚だから?  もしも万が一、百万が一、本当にそうだとしたら。もしかして、彼の身体はこの生活に適応してないのかもしれない。……水の中の方が、心地好いのではないだろうか。 「……うん……」  額に触れていた私の手を、彼の手が掴んだ。寝ぼけているのか、まるで心細くなった子供がお母さんの手をぎゅっと握るように、その力は強かった。 「……母さん……ごめん」  ポツリとそう呟いたのを聞き逃さなかった。悲しげに顔を歪ませる水野くん。 「……水野くん」  彼は、「全てを捨ててここに来た」と言っていた。最初は冗談だと思っていたから、気にも留めていなかったけれど。  その意味をじっくり考え出すと、とても怖くなった。  彼の家族は今、どんな気持ちでいるんだろう。突然居なくなって、とても心配しているとしたら。 「ごめん……」  水野くんだって本当は、家族や故郷と別れて寂しいんじゃないだろうか。  ……こんな、どうってことのない私に会う為に? 「やっぱりだめだよ。……水野くん。人魚に戻った方がいいよ」  そんな私の呼びかけも聞こえないのか、彼は寝息を立てて、手を繋いだまま眠っていた。
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