33人が本棚に入れています
本棚に追加
少し薄めの味付けで卵粥を作った。魚介は一切入ってないので、リバースする心配はないだろう。
「お粥作ったよ。少し食べられる?」
小さな土鍋を枕元に運ぶと、彼はゆっくりと体を起こした。
「オカユってなんだ?」
「食欲のない時にも食べやすいように、柔らかく煮たご飯のことだよ。消化にもいいから」
土鍋の蓋を開けると、彼はうっとりと目を瞑った。
「ああ。……なんか懐かしい匂いだ」
「海の中でも料理ってあるの?」
自然にそんな質問をしてしまった自分にびっくりして、少し恥ずかしくなる。普通にもう信じてしまっているじゃないか。
「ああ。母さんがよく作ってくれた。人間が捨てていった大きな鍋で、いろんなものを混ぜていた」
「へ……へえ」
いろんなものを混ぜていた……。ちょっと怖い。
「いただきます……あ、あれ?」
彼はレンゲを持ってお粥をすくおうとするけれど、熱のせいで手が震えてしまうのか、中々上手くいかないようだった。
「……仕方ないなぁ」
食べたそうなのに、上手く口に運べないでいる彼がさすがに可哀想になり、私はレンゲを奪った。
小さな一口の量をすくうと、ふうふうと息を吹きかけてお粥をさまし、彼の口に近づけた。
「はい。……どうぞ」
異性にこんなことをしたことは初めてで、(悠くんとのシチュエーションならば脳内で50回くらい妄想したけれど)内心叫びたいほど恥ずかしかった。どっちが高熱なんだと思うくらい、自身の体温も急激に上昇する。
「ありがと……」
水野くんも、更に顔を赤らめながら、嬉しそうに笑ってそれを頬張った。
一生懸命お粥を食べる姿は、子供みたいで可愛らしかった。
「……今まで食べたものの中で一番美味い」
「……そりゃどうも」
「早く結婚したいな」
「頼むから考え直して下さい」
馬鹿なやり取りをしているうちに、あっという間に水野くんはお粥を平らげた。
空になった食器を洗いに行っているうちに、水野くんはまた眠ったようだった。
「……うーん……」
部屋に戻ると、また苦しそうな唸り声が聞こえた。心配になり、顔をそっと覗きこむ。タオルを替えるついでに、彼の額に手を当てると、やはり何故か冷たい。こんなに熱そうなのに、どうして?
……やっぱり、人魚だから?
もしも万が一、百万が一、本当にそうだとしたら。もしかして、彼の身体はこの生活に適応してないのかもしれない。……水の中の方が、心地好いのではないだろうか。
「……うん……」
額に触れていた私の手を、彼の手が掴んだ。寝ぼけているのか、まるで心細くなった子供がお母さんの手をぎゅっと握るように、その力は強かった。
「……母さん……ごめん」
ポツリとそう呟いたのを聞き逃さなかった。悲しげに顔を歪ませる水野くん。
「……水野くん」
彼は、「全てを捨ててここに来た」と言っていた。最初は冗談だと思っていたから、気にも留めていなかったけれど。
その意味をじっくり考え出すと、とても怖くなった。
彼の家族は今、どんな気持ちでいるんだろう。突然居なくなって、とても心配しているとしたら。
「ごめん……」
水野くんだって本当は、家族や故郷と別れて寂しいんじゃないだろうか。
……こんな、どうってことのない私に会う為に?
「やっぱりだめだよ。……水野くん。人魚に戻った方がいいよ」
そんな私の呼びかけも聞こえないのか、彼は寝息を立てて、手を繋いだまま眠っていた。
最初のコメントを投稿しよう!