雪女の遺伝子解析を行ったチェスターフィールド博士は、果たして冷血漢だったのか?

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雪女の遺伝子解析を行ったチェスターフィールド博士は、果たして冷血漢だったのか?

 一般に化学反応というものは、利用できる熱エネルギーの少ない低温条件では起こりづらく、そして生命活動というのは化学反応の連鎖によって生じるものである。したがって化学反応が起こりづらい寒冷環境においては生命活動も難しくなり、熱帯や温帯の地域と比較して寒帯地域に生物が少ないのはこのためである。  雪男をはじめとする寒帯地域の哺乳類は通常、食物から摂取したエネルギーの多くを消費して高い体温を維持し、これによって生命活動の基礎をなす化学反応が生じる条件を整えている。  一方、これとはまったく異なる方法により寒冷環境での生命活動維持を実現しているのが雪女である(なお、これは余談だが、雪男と雪女は全く別の生物種であり、雪男のメスや雪女のオスも存在する)。  雪男の細胞内で化学反応を触媒している酵素がヒトの酵素と同様に三十七度近辺で最大の活性を示すのに対し、雪女の細胞に含まれる酵素はゼロ度付近で最大の活性を示す。つまり、利用できる熱エネルギー量が極めて低い条件下で生命活動の基礎をなす化学反応を起こすことができるのである。  この低温条件に最適化された酵素と、細胞内に蓄えられた不凍液による凍結耐性により、雪女は寒冷環境においても低い体温のまま生命活動を維持することが可能となっている。  雪女から見つかったこの酵素の遺伝子は、遺伝子組換え作物への低温耐性付与にも用いられており、これにより寒帯地域での食糧事情は現在では大幅に改善している。雪女遺伝子の作物への応用を最初に考えついたパタゴニカ博士がこの貢献により昨年のグレートオーク賞を受賞したことは、記憶にも新しいところだろう。  その一方で、最初に雪女の遺伝子解析を行ったチェスターフィールド博士は賞をもらうどころか悲劇的な最期を遂げ、死後も冷血漢というレッテルを貼られ続けている。  本稿では、科学者としての誠実さを考える上で忘れてはならないチェスターフィールド事件について振り返ってみたいと思う。
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