『はて、どうも今日は聞こえが悪いみたいですねぇ』

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「もう一度どうぞ。いま売れないと仰いました? 聴力には自信が有るんですけど。はて、どうも今日は聞こえが悪いみたいですねぇ」  店員は笑みを崩さず先程放った言葉を一句違わず繰り返した。 「えぇ~っとですねぇ、こちら展示品なので商品じゃないんですよ~大変申し訳ないんですけどぉ」 「俺思うんだけど、売り上げになるんだから倍の価格で売れば良いんじゃないの?」 「そうだ、良いぞ。フレディ君もう一押し」 「でもぉ、こちらは非売品ですのでぇ」  店員は見下ろしてくるフレデリックに微笑みかける。  要するに、売ることはできませんという意味だ。  日本人特有の曖昧で遠まわしな断り方だ。日本人であればきっと、ほぼ高確率で相手の本音を嗅ぎ取り潔く諦めるはずだ。  それ以前に購入を目論んだ商品が展示用の非売品だと知った時点で、販売を拒絶する店員相手に値段交渉など始めないはずだ。 ――多分。
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