試練

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俺にとっての彼がこの世で唯一人の大切にしたい相手であるように、彼にとっても俺がそうであるといい。そんな烏滸がましくも大それた願いを持ってしまうくらいには深く、強く、この恋に溺れていた。 愛を知らないと云う彼が俺を見る時の表情が、 俺が彼を見る時の表情と同じだと思う度に、 全身から想いが溢れ出す。 どうかこの想いが届きますようにと願い続けて、日々を重ねて、歩いてきた道は穏やかで平和……とはいかなかったかもしれないけど、概ね順調だった。学部を卒業した俺は大学院に進むことを決め、彼は就職を選んだ。新しい環境に旅立つ彼の背中を押してやることしか出来なかった臆病な俺に、苦笑いをしながら彼が差し出したのが今俺の薬指に嵌っている銀色の指輪だ。 「先に云っておくよ。これは、君の未来を縛ってしまう鎖でもある」 手を出して、と俺の指を引っ張ったきり。シンプルな飾り気のないその輪っかは動かない。 「あったかい家庭で素敵なご家族に育てられた君を、こんな道に引き摺り込んでしまう僕は悪人かもしれない。子どもも出来ない、長男なのに家も継げない、孫の顔も見せられない、学者として身を立てようとする君の障害にしかならないかもしれない。それでも」 ああ、そんな泣きそうな顔で見ないでいいのに。
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