172人が本棚に入れています
本棚に追加
桜が風に舞って、時計塔の下で、新歓の立て看とか、行き交う新入生を呼び止める上級生の声とか、浮ついた空気の中で
彼の周りだけが静謐な水を打ったように、時が止まっていた。
俺を見つけて、見開かれた目の色が驚きから嬉しさに変わってきゅうっと細められるのを、眩しい思いで見ていた。息も出来ない。急速に時が巻き戻って、俺の心をあの春の日に連れ戻してしまった。
「久し振り!元気だった?」
少し地元の訛りが抜けない発音で、少し低くなった声で、ニコニコと笑顔を振りまく姿は、正確にあの頃の面影と重なって。胸が痛い。目が、合わせられない。
「ね、僕まだ東京慣れなくって、色々教えてほしいな。これから宜しくね」
ニコリと微笑む表情に釘付けになる。
また、だ。また、繰り返される。
鼓動が跳ねて、煩いほど耳に届く。じとり、と手に汗が滲む。粟立つ全身に走る震えを悟られないように、そっと息を吐いて、深く静かに息を吸い込む。
何故とか、どうしてとか、やっぱり可愛いなとか、好きだとか、もう頭の中ぐっちゃぐっちゃで、泣きそうなんだけど。
最初のコメントを投稿しよう!