172人が本棚に入れています
本棚に追加
俺のこと、覚えてくれたんだ。変わらず、友達として声をかけてくれるんだ。そんな些細なことで、舞い上がって、何を言えばいいか分からなくなる。
「よぉ、久し振りだな」
結局、口をついて出たのは、ありきたりの無難な言葉で。うまく、笑えていただろうか。ぎこちない頬の動きには気づかれていないだろうか。上擦る声の震えは隠せていただろうか。
嬉しそうに話しかけてくる彼の言葉が頭の中をぐるぐる回る。すぐ近くで、甘い花のような香りがする。ふわりと風に揺れていた黒髪が頬にかかって、それを細い指先で払う。
夢、みたいだ。今目の前で彼が生きて話をしている、この空間がまるで、夢みたいだ。
てっきり地元にある、もうひとつの最難関大学に行くものだと思っていた彼が、今東京で俺の前にいるなんて現実、ちょっと信じられない。
懐かしいねなんて話しかける声の弾み方で、これからの大学生活にワクワクしている様子が伝わってきて、とても可愛らしい。頭の中を占めるのは、好きだって気持ち。好きで好きで、迂闊に口を開けばあらぬことを口走ってしまいそうで、何でもないような顔をしてさりげなく手で口を押さえた。
最初のコメントを投稿しよう!