動揺

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気がつけば、彼に背を向けて走り出していた。すれ違った誰かに声をかけられた気もするけれど、立ち止まれやしなかった。ただもうめちゃくちゃに走って走って走りまくって、汗だくで家について熱いシャワーを頭から浴びてようやく、ちょっとだけ息をついた。 忘れろ。忘れろ。一刻も早く、彼の感触も、匂いも、今日起きた出来事はすべて忘れてしまえ。 だって何の意味もない、こんな空虚なキスは、覚えていたって苦しいだけだから。 酒に酔った勢いの悪ふざけか、単に誰かと間違えたか、そもそもベロベロに酔っ払っていたのか。彼がどんなつもりだったにしろ、俺には関係ない。俺にとっての彼がどんな存在なのかを彼は知らないんだから、俺に対して意味のある行動をしたわけじゃないんだから、あのキスと俺という人間の間に因果関係は存在しない。突発的な事故みたいなもんだ。 だから、泣くなよ俺。みっともなく反応してる下半身が情けなくて痛くて、もう本当にやってられないよな。バカだよ、だから近づかないように今までこんなに努力してきたのに。期待なんかしたって苦しいだけだって分かってたから、だからあんなに必死に避け続けてたのに。
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